岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

「詩人の聲」:2014年8月(2)

2014年09月04日 23時59分59秒 | 短歌の周辺
「天童大人プロデュース『詩人の聲』2014年8月(2)



5、天童大人(第44回公演)8月14日 於)ギャラリー華(広尾)

 この日、天童は「わたしの叙事詩(ウォルタービットの雪)」という長編詩を45分に渡って読んだ。この長編詩を聴くのは3度目だろうか。聞くたびに完成度が上がっている。この日聞いた感触では、ほぼ完成に近づいたようだ。この作品は天童の「詩心の原点」を表現したもので、天童自身も「この体験がなかったら今の私はなかった。」と語っている。

 1000行弱の作品。彼の若い頃の体験に基づいて書かれている。スペインを旅したことが、作品の中心だが、ほかにシベリアも旅をしている。前回はシベリアも作品に表現されていたが、今回はシベリア以外に限定されていた。言葉の端々に省略が見られ、余計な言葉がない。リズム、聲ともに天童特有の性質を持っている。

 シベリアのことは、終演後口頭で語られた。シベリアを入れると、長さが膨大になる。シベリア以外に限定したのは成功だろう。


6、清水弘子(第4回公演)8月19日 於)東京ユニマテ(京橋)

 清水は四日市の詩人。今回は「白雪姫とゴンドウ」のうち「ゴンドウ」に関する作品が読まれた。「ゴンドウ」とは清水の住む町の丘の暗喩だ。十数編が読まれたが、象徴詩的な鋭い文体の作品、童話的作品、日常を掬い取った作品、暗喩のない物語風の作品、リアリズムの作品が混在している。

 この辺りを整理できたら、新たな進展があるだろう。個人的には、「鳥」を素材とした物語的作品の完成度が高いと感じた。


7、岩崎迪子(第20回公演)8月20日 於)数寄和(西荻窪)

 新詩集「丘の上の非常口」の出版記念の公演だった。この詩集はユニークな世界を構成している。独特のユーモアがあり、着想も独自性がある。また言葉に無理がない。それでいて「生きることの意味を問う」。この詩集は岩崎が出すものとしては、15年ぶりのものだ。天童曰く「岩崎は、このプロジェクトで聲をだしながら『復活した』」。

 会場には、ねじめしょういちも来ていたが、「昔の詩は暗かったね」と話していた。岩崎はこのプロジェクトで新境地を開いたのだろう。(このブログでは、後日、この詩集の書評を記事にしようと思う。)


8、柴田友理(第27回公演)8月29日 於)カシュカシュダール(自由が丘)

 柴田は8月から、月2回「聲を撃」っている。意欲満々だ。それに合わせて新作もどんどん書いている。この日は新作2編から読み始められた。作品の骨格が太くなってきた。言葉遊びが消えた。手を加えた旧作は「人間を暗示」するかのような、物語詩となってきた。途中で手を入れていない旧作を読んだが、これは見劣りがする。進展が著しい。
 
 最後に「お空は」で始まる作品が暗唱された。これひとつをとっても柴田の意気込みが感じられる。

 (終わり)



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