岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

前衛短歌とは何だったのか(2)・その難解性

2010年04月04日 23時59分59秒 | 私の短歌論
前衛短歌の特徴のひとつが近代とは違った国家観にあったとすれば、二つ目はその難解性である。

・原爆忌昏れて空地に干されたる洋傘(かうもり)が風にころがりまはる・・・塚本邦雄

・渤海のかなた瀕死の白鳥を呼び出しており電話口まで・・・岡井隆

・かわきたる桶に肥料を満たすとき黒人悲歌は大地に沈む・・・寺山修司

・ふしあはせなるいくつの貌を蔽(かく)さんに夜空にかざしし黒きかうもり・・・葛原妙子

 「かうもり」とは洋傘のことだが、高度成長期以後の僕らは使わない。この場合「不安なもの・不気味なもの・何か秘密めいたもの」の暗喩として使われている。戦中派世代に特有の用法・印象である。
 「渤海のかなた」とは中国のこと。「瀕死の白鳥」は新中国の「喩」であろう。
 そして両方に共通するのは、「暗喩」が同時に「象徴」であることだ。何かを象徴しなければ、ただの「もの珍しい言葉遣い」にすぎない。

 前衛短歌の難解性は、「象徴性を含んだ暗喩」に由来する。それゆえ前衛短歌の読みは「暗喩の理解」に鍵があるし、様々な読みを可能にするのである。





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