コンビニATMが死角 三菱UFJ障害(朝日新聞) - goo ニュース
世界最大級とされるコンピューターシステムの統合は、出足からつまずいた。12日午前、三菱東京UFJ銀行とセブン銀行との取引で障害が起き、被害は約2万件に及んだ。5回に分けて行われる旧UFJ店舗での統合も7月から控えており、不安を抱えてのスタートとなった。
■「安全第一」が暗転
旧東京三菱銀、旧UFJ銀が統合した三菱東京UFJ銀行が抱える口座数は約4千万。1日当たりの取引は1億件に上り、関係する現金自動出入機(ATM)は3万にも及ぶ。システム統合へ向けた投資額は総額3300億円、ピーク時に携わる人員は6千人に達するとされる。
ひとたびトラブルが起きると影響が大きいため、三菱東京UFJ銀は「安全第一」で準備を進めてきた。まず、銀行の合併を05年10月から3カ月延期。今
年2~4月には3回にわたって全国のATMを止め、全店リハーサルを実施した。02年にみずほ銀行で起きたような大規模障害だけは避けたいとの考えから
だ。
しかし、巨大であればこそ「今回のシステム統合(の成否)は、神のみぞ知るみたいなところがある」(畔柳(くろ・やなぎ)信雄・三菱UFJフィナンシャル・グループ社長)のも否めない。
落とし穴は、他の金融機関との接続にあった。
旧東京三菱系店舗でカードを作った顧客がセブン銀行のATMを使った際に、通帳への記帳が残っている場合はレシートに記帳を促すお願いが出てくる。そのためのプログラムに不具合があり、顧客がATMを使えなくなる例が相次いだ。
事前のテスト段階では想定から漏れていたという。トラブルが生じないか神経をとがらせていた金融庁の佐藤隆文長官は、同日夕の記者会見で「金融庁はシステムに絞った検査もしていただけに、初日に障害が発生したことは残念」と述べた。
新システムは、旧東京三菱が使っていたIBM製システムに合わせて開発された。旧UFJが使っていた日立製作所製が業界最先端とも言われ
ていただけに、金融界には疑問視する声も上がっていた。今回の障害とは直接関係ないというが、今後トラブルが拡大すればシステムの開発過程も問題とされる
可能性がある。
統合作業は7月5~7日に旧UFJの約420店舗で実施され、第2のヤマを迎える。三菱東京UFJ銀は、12月に全作業を完了する行程
は変えないとしているが、行内には「準備に全力を尽くしても予想外のことが起きる。この先も何が起こるか分からない」と、ピリピリした雰囲気が漂っている
という。
■危険高まる「相乗り」
金融機関では、ATMをお互いに接続する「相乗り」が広がっている。顧客は便利になるが、自社だけの閉鎖的なネットワークに比べ障害が起きるリスクは高まり、影響も大きくなりやすい。
三菱東京UFJ銀の障害に直撃されたセブン銀行は、約1万3千台のATMを持つ。1日あたり約140万件の利用があるが、大半は提携して
いる554金融機関のキャッシュカードの利用者だ。システムに変更がある場合には提携先との接続確認の徹底が欠かせないが、「ミスを完全になくすのは難し
い」(大手システム会社幹部)という。
すそ野の広いコンビニATMは、短時間の障害でも影響を受ける人は膨らむ。三菱東京UFJ銀の今回の障害では少なくとも約2万人に達し
た。セブン銀行では4月、通信回線が11分間つながらなくなる障害があったが、この時に影響を受けた利用者は611人。今回は、銀行の行員がコンビニの店
頭でトラブルについて直接説明できない難点も浮き彫りになった。
りそな銀行でも4月に提携先のカードが使えないトラブルがあったばかりで、「相乗り」のリスクはコンビニATMだけにとどまらない。業
界では通信回線の多重化や保守点検の徹底など対策が進んでいるが、「あまりに完全なものを求めると経費がかかり、顧客の負担も増えてしまう」(セブン銀行
の安斎隆社長)というジレンマもある。
最盛期の開発要員6000人,開発工数11万人月,投資額2500億円,取引件数1日1億件。三菱東京UFJ銀行が「Day2」と呼ぶ,勘定系システム
一本化プロジェクトの成果物である。6000人のシステムズエンジニア(SE)が作り上げた巨大システムは,2008年5月の連休明けに必ず動くはずだ。
23年間にわたって情報システム開発プロジェクトの取材を続けているが,6000人のSEを集めた事例は過去に一度も見聞きしたことがない。世界を見渡
してもおそらく例がないはずだ。これから何年間,記者を続けるのか分からないが,今回の三菱東京UFJ銀行を除けば,6000人を動員するプロジェクトを
取材する機会は二度とないだろう。
6000人のSEが同時期に集まったのであって,「6000人月」ではない。開発工数は先に書いた通り,11万人月である。この数字も凄い。一体
何を作ったのかと思ってしまう。正確にはこのSEパワーは開発だけではなく,テストに惜しみなく使われた。三菱東京UFJ銀行は2007年8月までにサブ
システムの開発と単体テストを終え,9月から今日に至る8カ月間,接続テスト,総合テスト,最終確認テストと,ひたすらテストを重ねてきた。多少,SEは
減ったとはいえ,ざっと5000人が8カ月テストをしたとするとこれだけで4万人月,開発工数の3分の1がテストに費やされた計算になる。また,6000
人もSEがいると,相当数のマネジメント要員が必要になる。こうしたことを考え合わせると,実際にプログラムの開発や改修に使われたパワーは全体の半分以
下だろう。
本来なら有り得ない開発工数とマネジメント工数とテスト工数である。必要があったとしても普通はそこまで投資できない。システムの安全性と投資と
いうトレードオフについて,三菱東京UFJ銀行は安全性を徹底して優先する方針をとった。投資は青天井としても6000人・11万人月とは人間がマネジメ
ントできる範囲を超えている。「本当に問題なく動かせるのか」と心配する人が出るのは仕方がない面もある。ちなみに「無駄な投資ではないのか」と思う人も
いるだろうが,「すべての商品とサービスを継続し,しかもトラブルを絶対起こさない」と無理難題を同行に命じたのは,マスメディアと監督官庁と一部の預金
者である。
根拠はないが必ず成功する
それでも筆者は冒頭に記した通り,この巨大システムは大きなトラブルなく,必ず動くと信じている。IT業界の方やユーザー企業の方から質問される
機会があると「何事もなく成功します」と答えている。ITpro読者には釈迦に説法だが,プロジェクトに「必ず動く」という言葉を使うことは本来できな
い。それは承知の上で「必ず動く」と今回は言い続け,書き続けている。
必ず動くと言い切る根拠は何か。三菱東京UFJ銀行が徹底したプロジェクトのリスクマネジメントをしているからか。例えば最終確認テストにおいて
は約8万ものテストケースをこなし,本番に向けては200のサブシステムについてそれぞれ232項目の移行判定基準を確認する。単体テストが終了してから
8カ月もSE集団を抱え込んでテストと確認を繰り返す姿は鬼気迫るものがある。だが,それでも「必ず動く」とは言い切れないのがシステムの世界である。
実のところ根拠は何も無い。「必ず動くと信じている」だけだ。信じる理由の第一は,6000人のSEの方々が開発し,テストを繰り返してきた以
上,その努力が報われて欲しいと思うからである。「少人数のプロジェクトであったら成功を期待しないのか」などと詰まらぬ突込みを入れないで頂きたい。プ
ロジェクトマネジャである根本武彦執行役員システム部長は2月に開いたシステム本格統合説明会で,「一人ひとり全員が額に汗をかき,ここまでこつこつと努
力してきた。ぜひとも最後までご支援いただきたい」と言って頭を下げた。浪花節は嫌いだが,6000人のSEを最後まで応援したい。
第二に,いささか大げさだが本プロジェクトには日本のIT関係者の威信がかかっていると思う。システムダウン,計算ミス,開発失敗といった大きな
トラブルがここ数年起き,裁判沙汰も増えている。このままでは「情報システムの世界は闇だ」という認識が定着しかねない。ここで一発,圧倒的な成功例を世
に示し,「やればできる」とアピールして欲しい。
第三に,三菱東京UFJ銀行はITの分野においては日本有数のプロジェクトマネジメント力を持つユーザー企業である。経営トップである畔柳信雄三
菱UFJフィナンシャルグループ社長は第三次オンラインシステム開発に参画,情報システム部長やシステム担当役員を歴任し,プロジェクトマネジメント学会
にも参加している(関連記事「サッカーもプロジェクト,仕事もプロジェクト」)。
金融機関経営者としての畔柳氏を評価する知見を筆者は持たないが,情報システムのプロジェクトについて畔柳氏は間違いなく最も豊富な経験を持つ経営者であ
る。システムとプロジェクトが分かる経営トップが陣頭指揮をしても失敗するようでは困ってしまう。最後まできっちりマネジメントし,プロジェクトマネジメ
ント学会で畔柳社長自ら事例発表をしていただきたい。
第四に,本来ならどうでもいいことだが,本プロジェクトの失敗を切望している新聞やテレビをがっかりさせたい。新聞やテレビ批判は別の記事(「失敗を待つマスメディアの監視下,システム一本化を始める三菱東京UFJ銀行」)
に書いてしまったので繰り返さない。新聞やテレビは,小さいトラブルや些細なオペレーションミスであっても「初日から障害」などと報道するだろう。昨今
は,小さなトラブルでもユーザー企業が自ら公表するから取材をする必要もない。無いものねだりになるが,できる限りミスを減らし,新聞やテレビに地団太を
踏ませて欲しい。
ここまで書いて急に不安になってきた。「厄病神の告白,『私はシステム事故を招く』」
に書いた通り,筆者が特定プロジェクトに言及すると必ずよくないことが起きるからだ。6000人に迷惑をかけては申し訳ない。手遅れかもしれないが,これ
から5月の切り替え日まで,静かに成功を祈ることにする。すでに現場を離れた方もおられるが,6000人の皆さん,健康に注意しつつ,切り替えを乗り切っ
て下さい。