子どもの生活世界と「体験的価値」(その1)
最近、「体験的価値」という言葉について考えています。
体験的価値としての人生。
体験的価値としての学校生活。
子どもにとっての一度きりの子ども時代と、その人生。
子どもの成長発達は、こころだけ、からだだけ、ことばだけ、知的能力・創造的能力だけを取り出して伸ばせるものではありません。
人間の赤ちゃんは、愛情あるふれあいがなければ、たとえ十分な栄養が与えられても、それを成長のエネルギーとして取り込むことができません。
『犬として育てられた少年』という本の中に、虐待されて育った母親がスキンシップによって愛情を示すことが全くなかったため、成長が止まってしまった女の子の話があります。
◇
《……必要量を超える栄養を与えられても、ホルモンの調節不良が正常な成長を妨げ、身体が育たなかった。
これは、他の哺乳動物では「ラント症候群」と呼ばれているのと同じ障害だ。
ラットやマウス、それに犬や猫でさえも、一緒に生まれたきょうだいの中で一番小さくて弱い子ども、つまりラントは、外的な要因が何もないのに、生後数週間で死んでしまう。
死ぬのは母親の乳首を刺激して十分な乳を出させたり、母親からグルーミング行動を誘発できない弱いラントなのだ。
母親はラントに、他の子どもたちにするように舐めたり、グルーミングしてやるなどの身体的な世話をしなくなる。
このせいでラントは成長できなくなる。
グルーミングをしてもらえないと、子どもの成長ホルモンが出なくなり、たとえなんとか十分な食物を得られとしても、正常に成長することはできない。……》
(「犬として育てられた少年」ブルース・Dベリー 紀伊国屋書店)
◇
こころだけ、からだだけ、ことばだけが、個別に「発達」すると考えるのはとても不自然なことです。
私たちは誰もそんなふうに扱われずに成長してきました。
私たちは、生活世界をまるごとの体験を通して、「わたし」を体験してきました。
そこで、私たちは「個人の能力」を発揮するために不可欠な、豊かな社会的資源としての学校や先生、家族、地域の人間関係に、全身をすっぽりと包みこまれている「感覚」を成長させてきたのです。
豊かな社会的資源とは、親や家族、学校や先生たち、地域のお店や図書館や交番などあらゆる子どもを守る大人たちの存在を指します。
そして、そこに自分という子どもである「わたし」が包み込まれていると当たり前に感じるためには、自分がその社会の一員であるという実感が不可欠です。
具体的には、地域の学校の一員として、普通学級の一員として、障害のある「ふつうの子ども」として、平等に扱われることを指します。
私たちが、個々の能力を社会の中で発揮できているのは、「個人の能力の有無」だけではなく、社会の一員としてのつながりと安心、失敗したときに頼る人や場所があることに支えられてあるからです。
そのことは、それらが失われた状態を考えれば分かります。
虐待されて孤立した子ども。うつや認知症で孤立した人。震災や原発事故で過酷な避難生活を余儀なくされた人たち。そうした状態に置かれた時、私たちはいま発揮できている「能力」をそのまま使うことはできません。
(つづく)
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