たとえば、ひらがなが読めないからと、6歳の子どもが普通学級から分けられることがあります。
その子に、「ひらがなを個別に教えてあげること」が「特別支援」であり、その子のためだと信じている人がいます。
その人はたぶん、6歳の子どもが普通に体験する「生活世界」から一人抜き出すことで、その子の一生にどれほどのハンディを背負わすことになるか、考えたことがないのかもしれません。
子どもにとって、その生活世界の中心は、家庭と学校と地域の人間関係とそれに連なるものです。
子ども一人を普通学級から抜き出してしまうと、子どもの生活世界は一変します。そして、子どもの生活世界が変われば、親の人間関係、地域での関係もまったく別の物になります。
はじめから遠くの学校に通えば、子どもと一緒に買い物に行っても、近所の公園に行っても、地域の子どもから声がかかることはありません。子どもだけではありません。地域での親の出会いの機会もまた失われます。
そもそも、私たちは誰もが生まれて数年の間、文字世界とは別の、話し言葉の生活世界で成長してきました。
その「話し言葉の生活世界」の豊かさの中で、私たちは言葉を聞き、発音や文法を覚え、言葉を操るようになってきたのです。
また、言葉の意味だけでなく、その言葉と一緒に伝わる気配や感情もまた、その生活世界の繰り返しの中で、私たちは身につけてきました。
それなのに、障害のある子どもには、生活世界とは別に「個別」で教えるのがいい方法だと信じられています。
本当は話が逆なのです。
「発達の遅れ」「言葉の遅れ」と言われる子どもがいたとしたら、その子どもには「ゆっくりたっぷり時間」が必要だということです。
「言葉の遅れ」というのであれば、私たちが幼いころに言葉を学んできた「豊かな生活世界の時間」をゆっくりあふれるほどに味わうことこそが大切なのです。
たとえひらがなが読めなくても、耳を通して、やりとりされる言葉はすべて「ひらがな」です。
どんな難しい漢字でも、話し言葉としてやり取りされるときには、ひらがなです。
子ども同士で呼び合う名前、先生が毎日のように呼ぶ名前、すべてひらがなで一日中何度でも繰り返されます。
「私の名前」がいつもそこにある「生活世界」。それはまた、子どものなかで、「お友だち」が、「Aちゃん」「Bくん」に変わっていく大切な環境でもあります。
そのみんなと一緒の「生活世界」を体験「できない」子どもなどいません。
子どもが子どもであることで、豊かに体験できる生活世界を、すべての子どもに与えることこそが、私たち大人にできる、命の次に大切な子どもへの贈り物だと思います。
◇
そして、その子ども時代に繰り返され、成長の年輪のなかに刻まれた、同級生という無数のひらがなで飛び交った名前が、その後の私たちの一生を支える「社会的資源」(に包まれている安心)の基になっています。
多くの人は、自分の「大人」(~できる)を支えている無数の宝物が、子ども時代の体験世界にあると気づいていません。
二十歳になっても、四十になっても、六十、…九十、百歳になっても、子どものころの友だちを、子どものころの呼び名のままに呼び合うことを、私たちは当たり前だと思っています。
傍から見たら、白髪頭だったり、髪が一本もなかったり、クマみたいな髭面だったり、しわだらけだったり、昔「子ども」だったころの面影など微塵も読み取れなくても、仲間の中では、そこに子ども時代の面影をちゃんと読み取り、何十年という距離がなくなる。
その「能力」はIQ等で測れるものではありません。
ひらがなで呼び合い、その時そこにいた者だけの生活世界の体験的価値がそこにはあります。
たっちゃんとかケンちゃん、なっちゃん、というひらがなの、しかも「ちゃん」づけの「体験的価値」こそが、最後までその人の人生を豊かに支えている宝物の一つだと私は思います。
◇
※ これを書いている途中で、『ペコロスの母に会いに行く』というマンガを読みました。
さっき、父ちゃんが訪ねて来なったばい
なあ ユウイチ
うちがボケたけん
父ちゃんが
現れたとなら
ボケるとも
悪か事ばかりじゃ
なかかもしれん
(『ペコロスの母に会いに行く』 岡野雄一 西日本新聞社)
◇
私がこの本を知ったのは、「映画化」の記事だったと思います。
子どもにとって一番大切だと思うことを、なんとか言葉にしたいと、ブログに書き続けていることと同じことが、この本にはありました。
なかでも一番好きなのは、「進水式の思い出」です。
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