「ルポ消えた子どもたち」(その4)
《大切な本 ②》
ナミさんにとって、ただ一人の味方だったばあちゃんが亡くなったあと、ナミさんは12年間、家の中に閉じ込められたままだった。
【 ナミさんは、殴られるだけでなく、毎日のように「お前なんか産まなければよかった」「お願いだから早く死んで」「目の前から消えて」と言われたという。
『本当に、苦痛でしたね…。そういう環境のなかで誰も助けてくれないし、おばあちゃんはもう病気で亡くなってるし、兄ちゃん姉ちゃん、お父さんがたまに家にいても見て見ぬ振りだし。
…そういう生活を長年続けていると、本当にもう死にたくなってしまうぐらいで。死にたくなるし、殺したいなっていう気持ちも湧いたりしました。
この人たちを全員殺して自分も死のうかなって、何百回も考えました。
あまりのつらさに、ナミさんは母親の目の前でタオルを使って自分の首を絞めたり、リストカットを繰り返したりしたほか、実際に団地のベランダから飛び降りようとしたこともあった。ところがいつも母親に止められた。
「この周辺で死なれたら近所迷惑だから。警察が来たときに私たちが殺したように思われるし、死ぬならどこか遠くで死んで」
…悪夢のような状況のなかで一日も学校に通えず、子どもらしく遊ぶこともなく、同級生と学ぶこともないまま、一年一年と時を積み重ねていったのだ。
今もナミさんの細い腕には、その過酷な時間を示すように、刃を当てた跡がいくつも残っている。】
□
【 誰の助けもないまま月日は経ち、ナミさんは18歳になっていた。
10月下旬のある日…、帰宅した母親は、パチンコに負けて機嫌が悪かった。
自分の留守中にテレビを見ていたことを怒り、水色のハンガーで殴りつけた。
この日は、母親の誕生日だった。
ナミさんは、せめて誕生日くらい穏やかに過ごしてほしいと願っていたがそれはかなわなかった。
親も年をとる、自分もただただ年だけとっていく。
このままでは自分も母親も一生変わらない。…
「死ぬか、それともいっそ逃げるか」
決意ができぬまま、ナミさんは、ひとまずいつも押し込められていた部屋の押し入れの上の天袋によじのぼって隠れた。
このまま死ぬことも考えて、机の上の大学ノートに「ごめんなさい、死んでお詫びします」と遺書のようなものを書き残した。
…母親は、ナミさんがいなくなったことに気づくと、慌てて『どこにおると、どこにおると!』と、ものすごい勢いで家中を探し始めた。…
…聞こえてきた母親の言葉は、「もしこれで私、逮捕されたらどうなるんじゃろ」「何か罪に問われることはなかろうか」といった内容だった。
福岡市の報告書では、…ナミさんがこの日に家からいなくなって三日後に発見されたことになっているが、実際にはナミさんは、排泄物で異臭が漂う自分の部屋の天袋に、三日間潜んでいたのだった。
…三日目の早朝、ナミさんはそっと天袋を降りた。
母親と父親は電気もテレビもつけたまま眠り込んでいた。
…緊張で全身が強張るなか、音を立てないように廊下を歩き、そっと玄関に向かった。
…ナミさんの靴は一足もなかった。
ドアのノブをひねると『ガチャッ』という音が響いてぞっとしたが、ナミさんは、そのまま振り向かず、何も持たずに、裸足で外に飛び出していった。
…ただひたすら歩いた。
すると、通りすがりの女性に『どうしたの? おうちは? お母さんは?』と声をかけられた。
驚くとともに、家に連れ戻されるかもしれないという恐怖が湧き起こり、ナミさんは大泣きした。
『もう帰りたくない。あんな家に帰りたくない。お母さんにまたひどいことされる』
その様子を見て、女性は、近くのコンビニに連れていってくれた。
当時からこのコンビニで働いている女性店員は、そのときのことをはっきりと覚えている。
『小学校低学年くらいですごく小さくて、おびえているような様子でした』
ナミさんは、コンビニでスリッパを履かせてもらい、温かいコーンスープと肉まんを食べさせてもらったことを覚えている。
そして、通報を受けて交番から警察官が来て、ナミさんは保護された。
一日たりとも学校に通うことのないまま生きざるを得なかった少女がようやく社会とつながった日だった。】
(『ルポ 消えた子どもたち』より)
□
「大切な本」だと思うのは、こうした事実を、きちんと取材し、当事者の言葉を伝えてくれていること。
しかも、こうして文章を書き写していても、私のなかにあるのは、圧倒的に「映像でのナミさんの表情とことばと声」だ。
その映像の伝える力と、それを丁寧に取材した人たちには、一視聴者として「心からありがとうございます」と思ってきた。
ただ問題はその先だ。
なぜ、ナミさんは、学校に行かせてもらえず、家に閉じ込められ続けたのか?
18歳で自分から逃げ出すまで、誰もナミさんを助けなかったのは、なぜなのか?
「消えた子どもたち」というタイトルになっているが、実際はナミさんは「消えて」などいない。
少なくとも、小学校や教育委員会や児童相談所は、ナミさんという子どもが、そこにいるのを、ちゃんと知っていた。
消えてなどいない。
この辺から、この本はかなり「残念な本」に思えてくる。
(つづく)
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