子どもは受けとめられるために
ここに生まれてきました
なに一つ選ばずに
ここにきました
生まれてすぐにできることと言えば
ただ泣くことだけ…
立つこともできず
話すこともできず
なにもできない未熟な身体ひとつで
投げ出されるように
ここに生まれてきました
誰かに、受けとめてもらう以外に
身体は生きていく術がなく
心は生きていくあてもなく
ここに生まれてきました
こどもはただ受けとめられるためだけに
ここに生まれてきました
子どもが選ばなかったのは
生物的に早産の状態であるだけでなく
性別も、親も、国も、肌の色も、目の色も、能力も
なにひとつ選ばずにここにきました
ただありのままを
受けとめられるためだけに
ここに生まれてきました
誰一人この子を受けとめなければ
誰一人手をかさなければ
誰一人笑いかけなければ
この子の命は消えてゆきます
すべてのふつうの子どもは
受けとめられるために生まれてきました
「障害」のあるふつうの子も
ただ受けとめられるために生まれてきました
命の最初の鼓動が始まるその瞬間
命は何も選ばずに最初の鼓動を打ちはじめます
ただ次の鼓動へ
ただ次の鼓動へ
何も選ばずに生まれてきたのだから
何も選ばずに受けとめられなければならないのです
命の途中で、体の一部が損なわれることも
病気になることも
生まれくる命のあたりまえの姿だから
男の子であることや、女の子であること
肌の色や、目の色、髪の色が違うこと
障害や病気も、ただ受けとめられるために生まれてきたのです
受けとめられることがなければ
子どもは「受けとめられる」ことがわかりません
親から捨てられた子どもは
そのままでは自分を受けとめることができません。
ひどい虐待をうけた子どもは
そのままでは自分を受けとめることができません
親に代わる誰か、受けとめる人が必要になります
せめて、受けとめ手のいない自分の状況を
わかってくれる誰かが必要になります
子どもが自分を受けとめるためには
まずその自分を受けとめてくれる支えが必要なのです
誰一人この子を受けとめなければ
誰一人手をかさなければ
誰一人笑いかけなければ
その子は受けとめられない子どもとして
受けとめられない命として
受けとめられないこの世に適応するしかありません
生きる喜びを感じながら生きるのではなく
苦痛に適応することが生きることだと間違えます
なぜ子どもはありのままで受けとめられなければならないのか
子どもが生きる喜びは
生まれてきたありのままの「わたし」を
受けとめられることから始まるからです
子どもは何も選ばずに生まれてきたのだから
何も選ばずに受けとめられなければならないのです
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