ワニなつノート

『障害をもつ子が育つということ』(2)




(その2)

「保育園(幼稚園)と小学校は違います」
「小学校と中学校は違います」
「中学校と高校は違います」

今までは、こうした言葉を耳にするとき、
「子どもたちが≪生活≫する場所なんだから、
同じじゃないか」と思ってきました。

でも、先のような幼稚園での会話を読むと、
確かに「違う」かもしれないと思いました。

障害をもつ子どもたちが、
小学校、中学校、普通高校にまで進むのは、
はじめに、豊かな「幼稚園」「保育園」時代が
あったからなんだと思いました。

順番が当たり前だからではありません。

生まれながら重い障害をもつ子どもを育てている親を支え、
子どもはみんな子どもだということ、
「障害をもつふつうの子ども」であることを、
幼稚園・保育園での生活が、
親に心からの納得を届けているように思うのです。

もし、障害をもつ子どもを育てはじめたばかりの親が、
最初に出会う場所が今の「高校」だったら、
多くの親が子どもを受けとめ損ねてしまうように思います。

幼稚園の先生と、高校の先生とはあきらかに、
「その日その日を子どもたち一緒に生きている喜び」が違います。

目の前の生きている子ども、感じ、考え、生きている子どもを、
大人として受けとめる心のやわらかさが、全く違います。

子どもの感情を感じる心、大切にする心、
ありのままの子どもを受けとめる心が、やはり違います。

子どものとまどい、涙、悔しさ、プライド、
恥ずかしさを感じる心が違います。
そして、子どもの親の思いに共感する心もまた、明らかに違います。

この本を読んでいて、そんなことを考えていました。




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