3.≪電話≫
その日、学校から帰ると、お母さんが聞いた。
「今日、学校で何かあったの?」
「別に…」
「そう……」
ランドセルをテーブルに置いて冷蔵庫を開ける。
ジュースをコップに注いでいるあいだ、お母さんは何も言わなかった。
「ランドセルは自分の部屋に置きなさい」も、言わない。
仕方なく、良が口を開く。
「なんでそんなこと聞くの? いつも聞かないのに」
「電話があったの」
相手は、聞かなくてもわかった。
「なんて?」
ちょっと考えてから、お母さんが言う。
「みんなが翔ちゃんのことを心配しているから、先生が説明したのに、
良くんとコウジくんは分かってくれませんでしたって」
「…」
良が黙っていると、お母さんが続ける。
「なんだか、二人だけ、素直じゃなくて意地を張ってるんだって…。
お母さんからもちゃんと伝えてくださいって言われちゃった。
翔ちゃんのママが急に学校に行けなくなったから、先生も困っているんだって。
でも、給食はちゃんと食べてるから心配しないで下さいって。
翔ちゃんが給食食べさせてもらってないなんて、そんなことはありませんって」
「…お母さん、なんて言ったの?」
「学校のことは、わたしもよくわかりませんって。
帰ったら良に聞いてみますって」
意外だった。もっと怒られるかと思った。
「どうして、今日は怒らないの? 先生から電話がくるともっと怒るのに…」
「怒られるようなこと、したと思ってるの?」
「そうじゃないけど…」
いつもはわかってくれないじゃん、という言葉は飲み込んだ。
「良は、どうして、分からないって、手をあげたの?」
「…」
「先生が話していることは分かったんでしょう?」
「…」
改めて聞かれると、良はなんて答えていいのか分からなかった。
「何が分からなかったの?」
「ぜんぶ」
「ぜんぶって?」
「翔は教室にいたいんだよ。職員室になんか行きたくないんだ」
「どうして分かるの?」
うつむいていた顔をあげて、良がお母さんの顔をみつめる。
「だってそう言ってんだよ」
「でも、翔ちゃんはしゃべれないんじゃないの?」
「…」
良は何かいいかけてやめた。
それから、ジュースを飲み干して、つぶやいた。
「毎日いっしょにいたら分かるよ」
「…」
「翔はいつも笑うんだ。給食の時間になると」
空のコップを見つめながら良がつづける。
「それまで泣いてても、給食の時は笑うんだ。
一年の時からずっとそうなんだ。
なのに今は、給食になるとだんだん口がまっすぐになって、
泣きそうな顔になるんだ。」
「そう…」
「それに先生が車椅子を押そうとすると、足を伸ばしてつっぱるんだ。
行きたくないって。あれは『行きたくない』って言ってるんだ」
「そう…」
「先生の言うことなんか、わかるわけないじゃん。
ぼくだったら、ぜったいにやだ。
一人で給食を食べるなんて…。先生と二人なんて…。
そんなの絶対に分かるわけないじゃん」
「そう…ね。」
お母さんはそれ以上何も言わなかった。きっとぼくの顔が、
教室から連れて行かれるときの翔みたいな顔になっていたんだと思う。
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