ほら穴の念仏(その3)
「帰命無量寿如来 南無不可思議光…」
「おはよう おはよ おはよ~ おはよう… おは!」
おばあちゃんの念仏と、子どもたちのこえが耳を離れない。
意味の世界じゃなく、音の世界が人の生活をいかに支えているか。
ふだんは考えない。
たとえば長く入院したときに聞こえてくることもある。
病室の外からでなく、身体の奥から聞こえるこえ。
重なり合った年月の暮らしの底の方から、聞こえる声がある。
子ども時代、「生活の場」でどんなふうに、「じぶん」を形作っているか。
その「生活の場」には、何かが「できる・できない」とか、意味が「わかる・わからない」とは圧倒的にちがう世界がある。
◇
篠原先生の本を読んでいて、「障害者の世界」という言葉が新鮮に響いた。
その人は、小学校二年のときに歩く訓練を目的に家族と離れて施設に入り、併設の養護学校に通った。高等部二年の時に親の転勤で神奈川の養護学校に転校、寄宿舎で生活。
その人が「大学へ行きたい」というと、「車イス」で行ける大学などあるわけがないと先生や家族から反対される。そんな時代。
車イスを受け入れる大学がないなら、「歩けるように」ならなくてはいけない。
そこでリハビリセンターで一年間きっちり歩く練習をする。
「両手を広げて何とかバランスを取りながら、100メートルを20分かけて歩くわけよ。大汗かいてね」
そんなころ、車イスのまま大学生になった人と出会う。
「もう、歩くのやめた!」
その人が話す子ども時代のこと。
「親元を離れて、施設や寄宿舎などに入りながら、養護学校に通うことになって、ぼくは五人きょうだいの次男だったんだけど、『どうして、オレだけ?!』という思いはずっと拭えなかった。
…夏休みなんかに帰宅するときはうれしいんだけれど、十日ほどして、オフクロが送ってくれて施設に戻るときなんか、もうイヤだったなぁ。列車のなかでずっとメソメソしていましたよ」
「養護学校には、『できる・できないい』、特に『歩ける・歩けない』という話が軸にありましたね。
そのことでいつも思い出すことは、養護学校中学三年のとき、修学旅行に行けなかったことで、これは悲しくて悔しかった。
それまでの遠足や見学はずっと学校が仕立てたバスで行っていたから、車イスでも行けたわけだけど、その年度から列車での移動になって、車イス組はダメだって言われた。
そのときに、先生から『これから、オマエにはつらいこと、苦しいことがたくさんあるのだから、こんなことで泣いちゃダメだ!』って言われた。
それだけでなくて、『悔しかったら、歩けるようになればいいんだ』って厳しく言われたのを覚えてますよ。」
◇
引用が長くなったが、問題の「障害者の世界」ということば。
ふつうであれば、ここに引用した「子ども時代」が、「障害者の世界」として彼に認識されたと考えるところだ。
ところが、彼が使う「障害者の世界」という言葉は違った。
「障害児」として、子ども時代に置かれた世界が、彼にとって「障害者の世界」ではなかった。
彼が「障害者の世界」を知ったのは、車イスのままで大学に入った後だという。
◇
「ぼくは、養護学校で過ごしてきて、同世代の健全者と全然出会ったことがないので、あんた方はどんな生活をしているか、どんな考え方をしているか、って聞いてましたよ」
……
篠原:「いま、振り返って、和光大のなかで出会った体験とか問いは、現在の君にとって、どういうことだったとお思いますか?」
鈴木:「本当に、和光に行ってよかったなと思ってますよ。
やっぱり、そこで初めて「障害者の世界」を知ったのが、いまの自分になっていると思ってるから。」
篠原:「障害者の世界」?!
◇
篠原先生が「?!」と聞き返す場面。
わたしも「?!」と、本に突っ込んでいた。
え? そこで、初めて?
初めて、障害者の世界を知った?
なんで?
(つづく)
※(引用は全て=「関係の現像を描く」
篠原睦冶編著 現代書館)
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