子どもという未来
先日「奇跡のレッスン」のことを書いた直後に、注文していた本が届いた。
『障害のある私たちの 地域で出産、地域で子育て』
尾濱由里子・安積遊歩 編著 生活書院
去年の6月の発売だがつい先日まで知らなかった。
安積遊歩さんの言葉はこのブログでも何度か引用させてもらっている。
2010年の「いのちに贈る超自立論」という本では、娘さんは「13歳」と書かれていた。
その娘さんが「二十歳になり、ニュージーランドに留学している」と書かれている。
娘さんには一度も会ったことがないが、なんだか懐かしい感じがした。
……この本を読み終わったら、そんなことを書こうと思っていた。
でも、尾濱由里子さんの言葉を読んだとき、「ああこの言葉はこのまま紹介しなくちゃ」と思った。
私たちがいまいる、ここという場所。ここ、という社会。
子どもという未来のために、「いま・ここ」を、私たちが知ること。
そこから、子どもたちへ贈りたい未来を考えることができるのだとおもう。
◇
【 二〇〇五年の夏、私は長女を出産した。
…障害がありながらこの過程を経験することがこんなにもパワーを使うものだとは予想もつかなかった。
…目が見えないからパワーを使うという意味ではない。
障害者が子どもを産み育てるということを、社会が受け止めきれない反動がすべてこちらに返ってくることにパワーを使うという意味である。】
【何回目かの検診の日、私は一人、白杖を突いて産婦人科まで歩いて行った。
その病院は自宅マンションから一番近く、ホテルのようにきれいな部屋とフランス料理の病院食で有名な産婦人科である。
ジブリのオルゴールアレンジが流れる待合室から通されたのは、いつもの診察室ではない部屋だった。
…いつもの女医さんではなく男性の医師が座っていた。
驚く間もなく椅子に座らされ、開口一番、「ここの産科で産むつもりですか」と聞かれた。
何が言いたいのだろう。呆気にとられながら頷いた。
それを待っていたかのように医者はしゃべり始めた。
「目が不自由なんだよね? ちょっとうちじゃあ、そういう人をサポートする体制がないから、できれば大きい病院で産んだほうがいいよ。赤ちゃんを産むってのは大変なんだよ。出産のときは転んだりする心配もあるしね。それに生んでからどうするの? あなた一人で育てられるの?」
「うちで産むなら入院中は誰かに来てもらってよ。ヘルパーさんは、旦那さんがいない間、ずっといてくれるの? 同じ人がいつも入ってくれるの? そういう体制をちゃんと整えておかないと大変だよ」
「あなたの目は遺伝性なのかな。じゃあ、なおさらうちではだめだね。大きな病院なら生まれたらすぐ検査できるし対応もちゃんとしてるし」
「私は眼科の専門じゃないからね。かかりつけの眼科医に相談して、あなたの日常生活どのぐらい不自由してるとか、遺伝のこととかを診断書に書いてもらってきてよ。まずはそれからだね」
ただでさえナーバスになる妊娠初期の妊婦に向けて、たたみかけられるきつい言葉の数々。
一つ一つ、声が震えないように答えていく私。
大抵のことは一人でできる、入院中は夫や、自費でヘルパーに来てもらう、遺伝については夫婦ともに全く気にしていない……。
それでもなお、しつこく詰問を続ける医者に向かって、気づいたらこう叫んでいた。
「障害者は子どもを産んだらだめなんですか?」
医者がそんなことを言っていないのはわかっている。でもそう思わずにはいられない。
他の、障害のない妊婦には聞かないことを私にだけは聞いてくる。
遺伝のこと、産んでからのこと、そんなことを聞く必要があるのだろうか。……
その後、どうやって帰ったかあまり覚えていない。
ふらふらな状態で部屋に倒れ込み、そのとたん、涙が溢れてきたことははっきりと覚えている。
人間、こんなに泣けるものなのかとあきれるほどに泣いて泣いて、慟哭した。
私は差別を受けたのだと、初めて気づいた。】
「イノチノチカラ」尾濱由里子
(『障害のある私たちの 地域で出産、地域で子育て』)
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