先日交通事故で亡くなった方の葬儀、告別式に出席してきました。享年72歳でした。
10年前まで一緒に仕事をしていた方です。会社でも親分肌でいつもみんなの先頭に立って積極的に仕事をする方でした。明るい性格はみんなに親しまれていましたね。退職後も地域の先頭に立って地域のために働いているのをよく聞いていました。
眼科医院の依頼でじいちゃんばあちゃんの送り迎えをするようになってから介護の資格も取得し、その後は専属で送迎をしていたようです。明るく話好きな性格は多くのじいちゃんばあちゃんから好かれ、週1回の通院が楽しみだと言っていたそうです。
3.11震災後の原発事故により避難を余儀なくされ地元をはなれてしまいましたが、その後に自宅が「警戒区域」となり自宅へも帰れなくなってしまいました。そのような状況下でも眼科医院が再開するから協力してと言われたら黙っていられない性格ですので、借上げ住宅のアパートを確保してすぐに戻り送迎を再開したそうです。
震災前は遠くても片道20km程度の送迎でしたが、双葉地方の方が避難してからは片道100kmを超えるところもあるようです。70歳を超えた方にとってはちょっと過酷になりませんかね。
避難されている方にとっては1年以上慣れない生活を送り、いろんな面で精神的な疲労が蓄積しています。そんな中での事故でした。センターラインを越えて大型トレーラーと正面衝突してしまいました。センターラインを越えた理由はわかりません。これからもわからないでしょう。
警察や県はすぐに問題になっている道路の検証に入りました。「警戒区域」のう回路として使用されている危険な国道と言われてきましたが、国や県は何も対策をとらないできました。今回の事故で少しでも改善されれば個人も報われると思います。
故人は、故郷を離れる決心をして市内に家を新築中でした。もうすぐ完成します。子供も離れていますので奥さんと二人でのんびり生活する予定でした。残された奥さんがかわいそうです。
事故を起こしてしまった当事者ですが、送迎のバスに乗っていた亡くなられた方の家族も事情を理解しているので責めるようなことをいう人はいないそうです。やはり故人の事を理解していただいているんでしょうね。
葬儀には「警戒区域」から遠方に避難している方も多く出席していました。震災依頼初めて会う方も多くいましたがみんな疲れた顔をしています。長い避難生活が活力や生きがいを奪ってしまうんでしょうね。話す言葉に明るい話は何もありません。故郷を捨てて遠方に移り住むような話ばかりです。目の前が海というところに住んでいた方に「海の見えないところはさびしくないか?」と聞いてみました。「何言ってんだ!!海なんかもうみだぐねー!!俺は山に行ぐんだ」と言われてしまいました。
故郷には住みたいけれど、住むところもないし、百姓もできないし、年とってここでは誰にも世話になれないし、なんにもやれねーしここにいてもしょうがねーべ。
さびしいですね。