鳥栖交通、佐賀22・310。ひらがなが読み取れないが、「き」でまず間違いなかろう。この車両は82年頃の車両と思われ、モノコック再末期の車両である。この頃の西工中型車は、川重車体のライセンス生産を行っていたので、川重と同型である。
1995年頃の撮影で、方向幕は「西鉄小郡駅 松崎 乙隈 21」を示している。
この路線は当時から1日3往復程度であったと思う。その後一旦休止された後、社会実験のような形で大増発され復活したがほどなくして完全に廃止された。
乙隈から先、筑紫駅まで延長されれば利用価値もあっただろうが、検討された形跡すらないようである。
西鉄吉井営業所の7451.日野の1981年式である。日産ディーゼルが西工に一本化される以前は、久留米地区は日野車が多かった。西工解散後は、久留米地区での新車は再び日野製になっている。
左、船小屋営業所の7941.日野1985年式、現在は営業所表記が「筑後」に変更されている。右は吉井営業所所属の7701.日野1983年式。元々は空港連絡バスだったが末期は吉井に転属。このマスクで赤バス塗装は珍しい。外に数台が配置され、吉井営業所に集約されていたが、同じマスクで熊本ナンバーもいた。
中と下は1994年11月27日撮影。
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