今から2年前の2008年。その年はZUYAにとってかなり重要な年だったように思える



確か3月に大沢師匠が私事で一時帰国し、5月にはブルース・クリエーションでの1日限りの再結成で再び来日。そのステージを見てZUYAも“やらねば~!”と一念奮起しメンバー探しに力が入った。Chris SilvaやSam石原に出逢い、その後オールディーズ・バンドに入ることになった。プライベートでもその夏に嫁に出逢い捕獲された

長い間音信不通にしていた家族と連絡を再び取ったのもその年。そして信州蓼科の保科館で働くことも最後となった年である

その最後のGWに働いた時、一人旅でヨーロッパのオーストリアから長野の山奥くんだりまでやって来たのヒルダだった。後々と知ることになるのだが交通事故で夫をなくし失意のどん底だったのだが、生前ご主人とよく行った旅行に再び行くことに寄って立ち直ろうと決意し最初に来たのが日本だったらしい。
それがふらりふらりと蓼科の山奥の保科館に辿り着き、偶然東京から手伝いに来ていたZUYAに出逢うことになる。1泊2日だったので余り話込む時間はなかったのだが保科館は“家庭的”が売りなのでそれなりにお世話はした(笑)。彼女の印象はとにかく“チャレンジャー”、その一言である

ちょうどこの時期ZUYAは全く英語を話す機会がなかったので英語力がかなり落ちてたので頑張って話したよ(笑) 最後に横谷観音入口のバス停までZUYAの運転する軽トラで送ってさよならをした

そのヒルダが一昨日突然来日し、昨夜ZUYAは嫁を伴い新宿まで会いに行った。2年前に一度あっただけなのでなかなか顔を思い出せなかったが、意外に会った途端に思い出した。彼女はいったい何歳なのだろうか。おそらく40代後半であろうが年齢を感じさせない若々しさはZUYAも嫁も驚いた。母国語はドイツ語らしくZUYAに劣らず“妙な”英語だ

都庁の展望台で少し景色を見たあとは豆腐料理の店に行った。店に入ってから知ったのだが彼女はベジタリアンだったのだ。早く知っていれば連れて行きたい店があったのに...

2年振りに使う一眼レフに手こずるオーストリア人ヒルダ(笑)
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ最終電車で彼女は宿のある浅草へ、我々は駒込に帰った。最後に山手線車内で又の再会を約束し“ハグ”をした時は妙な感覚だったな(笑) 映画やテレビドラマではたいてい駅とか、ホームだろ?それが山手線の中だよ(笑) ZUYAの嫁に 『 あなた達は“ハグ”する習慣がないから恥ずかしいかしら? 』 と聞いていたのも妙に面白かったなぁ。まぁ何であれ楽しい別れは良い

ちなみにヒルダは明日から禅寺に禅の修業か何かに行くらしい。相変わらずZUYAの周りはミステリアスな人間が多いなぁ

しかし...先日カナダからZUYAの友達が来た時も感じたのだが、何となく言ってることはわかるらしいがほとんど英語を話せない嫁の堂々としたと言うか“胆の座った貫禄”は母親譲りか!?(笑) 畏敬の念すら覚える今日この頃である
