文政八年八月二日(1825年9月14日)、嘉陵は千駄ヶ谷に、くつわ虫の声を聞きに行っており、略図をつけ、詩も作っているが、紀行文は無い。この日の千駄ヶ谷への経路だが、略図からすると、甲州街道の角筈新町から千駄ヶ谷通りを通るか、四谷大通り(新宿通り)から焔硝蔵(国立競技場付近)の横を通るか、青山通りから来るかの何れかと思われる。ところで、虫の声を求めて郊外を歩くことを虫聞きといい、江戸では墨田川岸辺、浅草田圃、根岸、三河島、飛鳥山、王子、お茶の水、関口、広尾原が虫聞きの名所として知られていた。しかし、千駄ヶ谷はどうだったのだろう。千駄ヶ谷八幡(鳩森神社。渋谷区千駄ヶ谷1)の西側は、渋谷川上流の低地で田園地帯であったから、虫の声を聞くことは出来ただろうが、嘉陵も書いているように、人通りも稀な寂しい場所であったので、虫聞きに訪れる人は少なかったかも知れない。嘉陵が代々木八幡を訪れた時、道すがら藪キリギリスやコオロギの声は聞いたが、くつわ虫は絶えて聞かなかったと書いているので、千駄ヶ谷でくつわ虫を聞けたとすると、それは珍しいことであったのだろう。
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