法事を終えた翌日、今年2度目の倉敷を訪れました。
覚えてくださっている方もいるかもしれません。
2月義兄の四十九日の法要を終え、久しぶりに姉妹水入らずで、尾道、倉敷のプチ旅行を致しました。
疲れが出たのでしょうか。
尾道ではとても元気だった姉が倉敷では体調を崩し、インフルエンザに罹ってしまいました。
生憎楽しみにしていた大原美術館も月曜日で休館。再度訪れることを心に誓い、倉敷を後にしました。
その時の記事はこちらにアップしています。宜しかったら今回の記事とあわせてご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/yumeji_2014/e/7a825cd1709bc633c480ce94c8324faa
姉の是非もう一度倉敷を訪れたいという願いで、今回途中下車して、倉敷に寄ることになりました。
まずは前回私の不注意で見逃してしまった、大原美術館へ。
大原美術館は昭和5年、洋画家児島虎次郎の業績を記念するために、
倉敷の実業家大原孫三郎が設立した西洋美術や近代美術を展示した日本最初の私立の西洋美術館。
最も有名なのが、エル・グレコの「受胎告知」、クロード・モネの「睡蓮」。
誰もが昔美術の教科書で見た記憶のある絵画ではないでしょうか。
モネの「睡蓮」は児島虎次郎が直接クロード・モネから購入したものだそうです。
その時の縁で、2000年、大原美術館にモネの池から睡蓮の株が送られてきました。
その睡蓮の池がこちら ↓。大変な貴重な睡蓮で、6月ごろ、見頃を迎えるそうです。
大原孫三郎は児島虎次郎以外にも棟方志功のよき支援者でもありました。
美術館には棟方志功版画室もあります。
棟方志功の手がけた作品の中で最も大きく、木版画として世界最大と言われている大作が、
倉敷国際ホテルのロビーに飾られています。
倉敷国際ホテルは大原孫三郎の息子総一郎が創設したホテルで、
ホテルのオープンに際して、棟方志功にこの製作を依頼したのだそうです。
大変な実業家である大原家は、皆さんもよくご存知のように倉敷紡績(現在のクラレ)の創始者です。
実はこれらのことは午後観光案内をして頂いた無料ボランティアの方に全て教えていただきました。
前回訪れたときには全く知らなかったことばかり。お客は私たち2人だけ。
有意義なお話を沢山伺いました。ここでは書ききれませんね。本当にありがとうございます。
柳が揺れる倉敷川沿いは季節が違うとまた景色も趣きも変わり、いつ来ても風情があります。
↓はかってはメインストリートだった本町通り。約数百メートルの間に歴史ある町屋や蔵が残り、
それらを利用してセンスあるお店が並びます。まるで江戸時代にタイムスリップしたよう!
こんな路地も!
思い出の故郷広島、そして居心地の良い町「倉敷」で過ごした2日間!
姉妹の思い出の1ページが新たに付け加えられ、夕刻の新幹線で東京に戻りました。