雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

Facebookのコミユニテイページ

2011-09-19 06:44:49 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

★ 『異種、異質、異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』

というFacebookの所謂ファンページを造ってみた。

まだ1週間も経っていないが、自分でやってみると、結構オモシロイのである。

なぜそんなに興味が湧いたのか?

NPO The Good Times にFacebookなどのネットのことにめちゃ詳しい綿谷さんが参加されて、すぐNPOのアドバイザーになってもらった。

そして、すぐFacebookの講習会も開催したし、

ボランテイァ活動プラザみき が主催した『地域SNSで地域活性化を考えるNet ラーニングバー』でも綿谷さんは推進役を務めてくれて、

e-まちネットみき』というコミユニテイが正式にスタートしたのである。

 

そんな環境の中にいて、『一度やってみるか』と思い立って、ちょうど1週間ぐらいなのである。

もう一度リンクしておきますので、どんなものか、覗いてみて下さい。

そして『いいね』と言うのが現れていたら、クリックしてください。

その数が25人に達しないと、一人前と認めて貰えないのである。

25人に達すると正規の短いURLが貰えて、例えばそれを名刺にメールアドレスのように印刷も出来るのである。

 

既に30人以上になって、正規のURLが貰えるのだが、その手続きをやっていないので、こんなに長いURLなのである。

http://www.facebook.com/?ref=home#!/pages/%E7%95%B0%E7%A8%AE%E7%95%B0%E8%B3%AA%E7%95%B0%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%82%92%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E7%B9%8B%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%84%E6%99%82%E3%82%92%E9%81%8E%E3%81%94%E3%81%9D%E3%81%86/291155510899523 

 人数はそんなに違わないのだが、正規の手続きをした 『 e-まちねっと@みき』のURLはこんなに短いのである。

 http://www.facebook.com/e.machinet.miki

こんな知識を幾らでも教えてくれる綿谷さんと、

既に管理人になっていていろいろ手伝ってくれている、やはりNPOのアドバイザー丁子文仁君がそばにいるので、やってみようと思いたったのである

 

 

★使った写真の原板はこの写真である。

カワサキの明石のショールームに飾ってあった。

私が現役のころこのショールームの装飾を、やり直した時一緒に造られたものである。

その時の装飾のレベルは、東京モーターショーのトップレベルのモノだったから、確か5000万円に近かったと記憶している。このプレートもそのレベルで造られていると思う。

もう20年も前の話だがこの写真を撮ったのは、まだショールームも教習所も残っていた数年前である。

今、そのころの志を引き継いで、NPO 法人 The The Good Times をそのころの仲間たちと一緒に展開している。

このコミユニテイページもNPO The Good Times と並んで、それを支えるモノだから、

ネーミングも写真も、私の心の故郷からのモノを選んだのである。

 

★ブログも、ツイッターも始めるときは『おそるおそる』始めたものである。

このブログも、今は6~700のアクセスは普通のレベルになった。

ツイッターのフォロワーは最近またやる気になったら、186000人を超えて、年末までには間違いなく20万人の大台に乗るだろう。

このFacebookもやるからには、そこそこの目標を立てて、やってみたい。

だけど、どのようなコンセプトで望むべきなのか? もう一つよく解っていない。

 

このブログに『カワサキ単車の昔話』と言うカテゴリーがあって、いままで100回ほどアップしているのだが、その時のコンセプトが残っていた。

参考にしてみたい。

 

「カワサキ単車の昔話」のおおまかなコンセプトを次のようなものにした。

1.面白かった、苦しかった、喜んだなど、とにかく、雑談に類する気楽なものとする。

2.時系列に並べることにはこだわらないが、出来るかぎり年月日が解れば、明示する。

3.読者の対象はカワサキに関係のあった人たちと意識して記述する。

4.従って、登場人物も読んだ人は当然分かる昔話なので、詳しい紹介は敢えてしない。

5.一般の人も、少しは興味が湧くような配慮も当然する。

それでは、スタートする。

何故、「単車の」としたか。
一番事業が苦しかった時代、懐かしい時代の事業部の呼び名は「単車事業部」だった。
その後、ジェットスキーやATVが入って単車が合わなくなり、コンシューマー、プロダクトの「CP事業本部」とか、エンジンも入って「汎用機事業本部」などと変遷を重ねているが、一番想い出のある昔話に似合うのは「単車」という言葉だと思うのである。

私の記憶が正しければ、1960年ごろ「単車準備室」なるものが造られ、単車事業への本格参入が検討されはじめたと思う。三浪さんなどがおられた。

私が単車に関係したのは、1962年1月,営業部の単車係である。
この頃から、単車に関係した人は、意外に少ないはずである。まだイセキのモペットもあり、所謂単車はカワサキ自販の元メイハツやメグロの人が営業全般をやってくれていた。輸出など多分なかったから、国内が全事業であった。

その当時、「単車」という名称が使われていた。

などと書いている。

 

もう少し考えて、『Facebookのコミユニテイページ』のコンセプトを纏める事にしよう。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★Facebookのファンページです

 




 

 

 

 

 

 

武雄市役所

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