ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

太宰府天満宮

2012-06-28 05:00:00 | 

櫛田神社、博多町屋ふるさと館と観光を終えた私は、博多駅へ戻り、雨が降り出したので傘を買おうと東急ハンズや阪急百貨店で探しますが、みんな値段が高い。ユニクロの傘が撥水力が強くて980円だったのを思い出し、ユニクロを探しますが、店自体がなかなか見つかりません。やっとの思いでユニクロを見つけましたが、店自体が小さく商品が少ないので、傘は置いていませんでした。雨も本降りになっていて、阪急百貨店の無印良品で2000円も出して傘を買ったのです。その頃にはN田君と待ち合わせの3時ごろになっていました。

地下鉄を乗り継いで七隈という駅で降りて福岡センターへ連れて行ってもらい、久し振りに前述のS藤君やT来君に顔を合わすことが出来ました。他にH田君や違う名前のH田君、兵庫センターで一緒によく飲みに行ったM山君もおり、知った顔も結構いるもんだと思いましたが、彼らは無理矢理九州へ行かされているわけではありません。

夜は再びN田・M山両君と中洲川端へ、商店街の中の飲み屋へ行き、その後中洲の若い女性の多い店へ連れていかれて、久し振りにブランデーを飲みましたね。中洲とは那珂川の河口に大阪の中之島みたいに川の中央に洲が出来たものですが、大阪が官庁街なのに対して、福岡は繁華街です。時間も遅いのに西鉄電車でN田君の家のある久留米市の安武駅まで50分、奥さんが車で迎えに来てくれていました。

             

翌2日目はN田君の案内で朝から太宰府天満宮、昼からは福岡ドームへいざ見参です。朝の内は雨も降ってなくラッキーと思い、再び奥さんに車で安武駅まで送っていただきました。二日市という駅で1時間に2本しかない太宰府行の電車に乗り換え、1時間ぐらいかかって念願の太宰府天満宮に到着です。

                       

九州北部は奈良時代以前から唐や朝鮮半島との交易の場でありました。ここに政事を行う庁を置いて大宰府と呼んだのが始まりであり、白村江の戦いに敗れた天智朝はこの辺り一帯に唐・新羅連合軍が攻めてくるのを防ぐための水城を築きました。

そういう歴史のある太宰府市ですから、天満宮だけを観たいだけでは無かったのですが、大宰府政庁跡や水城跡などを観て回っていると丸一日かかってしまいそうです。

             

九州に数年赴任していたK川君に九州の見どころを聞くと、「太宰府天満宮へ行って、梅ヶ枝餅でも食べたら」と言われ、そんなものかと思ったのですが、どうやらN田君も同じような感覚らしい。前夜遅くまで飲んで、朝起きるのが遅くなってしまったのが、彼方・此方へと行けなかった原因かも知れません。

             

菅原道真を祀ると言われる太宰府天満宮、歴史は大宰府よりは300年程度新しい、詳しいことは解っていませんが、道真公が無実の罪でこの地に左遷され、亡くなったのが903年のことと言われますから、無実が晴れて、道真の怨念を恐れて祀ったとすれば、それよりずっと後のことになります。

             

傘を差している人・いない人が交錯していますが、降雨の量はその程度ということ、朝早く起きて来ていれば、人も少なく雨も降っていなかったのだろうと後悔しています。

             

これが伝説の飛梅、如何に主が恋しかろうと、木が空を飛ぶなどということはあり得ません。誰かが道真の旧庭の梅の木を株分けしたというなら話は分かります。菅原道真がどれだけ偉かった人なのか、実際には知る由もありませんが、あまり神憑りした話は作ってほしくありません。

             

拝殿の前の狛犬、何故こんな目の狛犬を建てたのだろうと、製作者、依頼者の意図が計り知れません。

             

目が絶対にヘンですよね、マンガを見ているようです。歴史ある建物を茶化している、或いは冒瀆しているかのように感じるのは私だけでしょうか。

             

N田君の先導に従って歩きますが、細かい説明はしてくれません。あれは何かと聞いても「何ばい?」と言うばかり、私はわざわざ足を運んで“麒麟と鶯”とあるのを確認してきました。奉納は1852年ということですから、私が生まれた100年前のことです。

             

曇天ですが、なかなかきれいな花菖蒲園です。これが晴天だったらどんなに見応えがあったでしょう。池に直接菖蒲を植えているのではなく、鉢に入った菖蒲を並べているみたいななので、季節が変わると花を入れ替えているのかも知れません。それならサービス精神旺盛です。

でも左端の池の中に建てられた石碑には“紫は水に映らず花菖蒲(だと思う)”と刻まれています。

             

花を入れ替えるときには碑も建て替えるのかも知れません。

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