(© 東洋経済オンライン 外国人観光客の増加に伴い、トラブルも続発しているという。「観光公害」から街や住民を守るために、どのような対策を取ればいいのでしょうか?(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ))
① ""京都が「観光公害」を克服するための具体的方策 「オーバーキャパシティー」に打つ手はあるか ""
アレックス・カー,清野 由美
2019/03/10 07:40
右肩上がりで増加する訪日外国人観光客。2018年度はついに3000万人を超えたと見込まれているが、京都をはじめとする観光地へ観光客が殺到した結果、トラブルが続発している。
オーバーキャパシティがもたらす交通や景観、住環境などでの混乱を見て、京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏は「その様相はかつての工業公害と同じで、もはや観光公害だ」と警鐘を鳴らす。
その危機感を起点に世界の事例を盛り込み、ジャーナリスト・清野由美氏とともに建設的な解決策を記した『観光亡国論』から、観光公害に苦しむ京都の最新事情と、取るべき対策について紹介する。
京都を脅かす「オーバーキャパシティー」
京都の銀閣寺はアプローチがすばらしいお寺です。総門を越え、右手に直角に曲がると、椿でできた高い生垣に挟まれた、細く長い参道が続いています。俗世間から離れた参道を歩くことで、これから将軍の別荘に入っていくのだ、という期待感が高まるように緻密に設計されています。
② しかし現在、総門を折れて最初に目に入るのは、参道を埋め尽くした観光客の人混みです。生垣の内側に人がひしめく様子を見ると、外の俗世間のほうが、まだ落ち着いているぐらいに思えてしまいます。
名所に人が押し寄せるという「オーバーキャパシティー」の問題は、世界中の観光地が抱える一大問題です。京都市内も例外ではなく、各所にそれが生じています。
例えば20年前には、京都駅の南側に観光客はそれほど流れていませんでした。伏見稲荷大社も、境内は閑散としていたものです。しかし今は、インスタ映えする赤い鳥居の下に、人がびっしりと並ぶ眺めが常態化しています。
ここまで観光客の数が多くなると、傍若無人な振る舞いをする人の数も増えてきます。
伏見稲荷大社では、マナーの悪さに辟易した門前町の店が苦情を言ってきても、神社側としてはどうしようもありません。
神社側にとっては外国の小銭が入った賽銭箱は、選別するのに労力がかかるし、両替もできません。お寺は拝観料を取ることで、ある程度の調整ができますが、神社の多くはそうしていません。伏見稲荷大社の観光客過剰問題は、なかなか解決しにくいものと思われます。
オーバーキャパシティーがもたらす弊害は、いくつも挙げられます。
③ 街には交通渋滞が引き起こされ、市民の生活に支障が出ます。旅行者にとっては、ホテル代の高騰という不利益も招きます。寺社、聖地などであれば、落ち着いて拝観できなくなります。神社仏閣の境内には深い精神性が宿っています。神の存在を感じる神社、仏の無言の静けさに触れるお寺。その奥深さこそが京都の神髄です。それが観光に侵されてしまうと、京都文化の本当の魅力が薄れてしまいます。
そしてこれらはまさに、私が警鐘を鳴らす「観光公害」の典型です。
🌹 観光先進国はどんな対策を取っているのか
一方で海外に目を向けると、世界的観光地の多くが、すでにオーバーキャパシティーに直面しているのも事実です。そしてその多くは「総量規制」と「誘導対策」という、2つのアプローチで対応を探っています。
「総量規制」とは文字どおり、観光客の数そのものを規制、抑制しようとするものです。「誘導対策」とは、ともかく観光客は押し寄せてくるものという前提に立って、数の分散を図る方策です。
「総量規制」として最もわかりやすい方策は「入場制限」です。ペルーのマチュピチュ、インドのタージマハル、ガラパゴス諸島など、入場制限をかけている観光名所はすでに世界に数多く存在します。
アドリア海に面したクロアチアのドブロブニクでは1日に4000人、ギリシャのサントリーニ島では1日に8000人を上限にしていますし、イタリアの世界遺産、チンクエ・テッレでは、年間150万人を上限としていて、1日の訪問者が一定数に達すると、この地に通じる道路を閉鎖しています。
ただ、島や狭い地域、場所であるならば、そこへのアクセスを閉じることで、観光客数を抑制できるかもしれません。これが大きな街の単位になれば、話はそう簡単ではありません。
🌹 アムステルダムでの「総量規制」と「誘導対策」の例
アムステルダムは、バルセロナ、フィレンツェ、ヴェネツィア、そして京都と同じように観光客のオーバーキャパシティーに苦しんでいる都市の1つです。
アムステルダムが行った観光客誘致施策は、2004年に市と観光業界が連携して始めたキャンペーンにさかのぼります。キャンペーンで用いられた「I amsterdam」というキャッチフレーズを覚えている人も多いのではないでしょうか。
オランダ中央統計局(CBS)によると、2017年にオランダに宿泊滞在した観光客数は、内外を含めて年間4200万人。これは市当局に届け出がなされているホテルなどの宿泊客数をベースにした数字であり、民泊への宿泊者は含まれていないので、実際はさらに上回ります。
オランダ政府観光局の調査では、そのうちアムステルダムを訪れた割合が37.8%ですので、約1600万人。これはアムステルダムの市街地人口の実に13倍に当たりますが、試算ではさらにこの先、観光客の増加が予測されています。
アムステルダムにとって、オーバーキャパシティーは、コミュニティーの存続を揺るがすところまで進展しており、非常に大きな問題です。
そこでアムステルダムは、「総量規制」と「誘導対策」の両輪を回しながら、問題の緩和に取り組み始めています。
★ アムステルダムが行っている「総量規制」は、次のようなものです。
・民泊の営業日数の上限を年間30日に規制し、2018年には市の中心部での民泊を全面禁止
・加えて、中心部ではホテルの新規建設も禁止
・市内への観光バスの乗り入れを禁止
・中心地では観光客を目当てにした店の出店を規制
2017年には、目抜き通りに出店した観光客向けのチーズ店を、市が裁判にかけて閉鎖させましたが、店舗側は規制条例の適用外だと反発し、市側と衝突していました。
★ 次に「誘導対策」としては以下のようなものがあります。
・大型クルーズ船のターミナルを、アムステルダム中央駅の近くから、北海運河の沿岸に移動
・観光バスの市内乗り入れを禁止。バスは幹線の外側に駐車して、観光客はそこから徒歩や公共交通機関、タクシーなどで市内に入る
・特典を付与したアプリを観光客に配り、彼らの動向をデータ化して、いつ、どこが混むかを分析。中心部の観光名所に人が密集しないように、周辺の人気スポットや飲食店を紹介、推奨する試みを開始
・アムステルダムから30キロ圏内にある「サントフォールト」のビーチを、「アムステルダム・ビーチ」に改称して、市域内という感覚を強調。市内の交通カードが使えるエリアに組み込んだ
★ アムステルダムと同様の「総量規制」は、バルセロナでもすでに始められています。例えば、2019年以降の新規ホテル建設の禁止や、バルセロナ大聖堂とその周辺での店舗の24時間営業を禁止することなどです。
こうした規制は、観光産業が持つ経済的なインパクトの低下という、マイナスの側面も併せ持ちます。実際にバルセロナでは、ホテルの新規建設の凍結が決まったことをきっかけにフォーシーズンズホテルなどの大手資本が撤退。その損失は雇用の消失とともに30億ユーロ(約3750億円)に上るとの試算が出ています。
🌊 日本が観光「亡国」にならないために
日本では、観光促進ばかりがいまだに追求されている感があります。しかし、アムステルダムやバルセロナの例を見てもわかるとおり、世界の観光先進国では、すでにそれがもたらす副作用をどのように捉え、その経済効果とどう調整を図るか、を検討する段階へと進んでいるのです。
現在では「観光公害」の事例が日本のみならず、世界中で見られています。対策を考えるベースはできているのです。日本もそこから習って、適切な解決策を取れるはずです。
なお私は「観光反対!」ということは、決して言っていません。むしろ観光による「立国」に大賛成ですし、今後もそのための活動を続けていくつもりです。
実際、インバウンドは日本経済を救うパワーを持っています。国際的な潮流を日本の宿や料理に吹き込むことによって、新しいデザインやもてなしも生まれていきます。観光の促進は、日本への理解を国際的に高め、日本文化を救うチャンスであり、プラスの側面は大きいのです。
ただし、それらは適切な「マネージメント」と「コントロール」を行ったうえでのことだと強調したいのです。前世紀なら「誰でもウェルカム」という姿勢のほうが、聞こえはよかったかもしれません。しかし、億単位で観光客が移動する時代には、「量」ではなく「価値」を究めることを最大限に追求するべきなのです。
そして日本も押し寄せる外国人観光客の増加に危機感を持ち、今すぐ備えなければ観光「立国」どころか、「亡国」となりかねない。それこそが今、著者が『観光亡国論』を執筆した理由にほかなりません。
※ ここまで外国観光客の急速な増加が、様々なトラブルやリスクを発生させるとは知りま
せんでした。
ちなみに日本政府観光局には、まだ、この弊害の認識も対応もなされていないようです。
🌀 政府観光局とは、主要な市場に海外事務所等を設置し、外国人旅行者の誘致活動を行う政府機関のことで、世界の主要な国々が政府観光局を有して、熾烈な外客誘致競争を展開しています。
日本政府観光局(JNTO:Japan National Tourism Organization、正式名称:独立行政法人 国際観光振興機構)は、東京オリンピックが開催された1964 年、我が国の政府観光局として産声をあげ、50年間にわたって訪日外国人旅行者の誘致に取り組んできた日本の公的な専門機関です。JNTO は、世界の主要都市に海外事務所を持ち、日本へのインバウンド・ツーリズム(外国人の訪日旅行)のプロモーションやマーケティングを行っています。