① ""宇宙の生命素材物質の形成過程を解明: 他の惑星系にも生命が存在する期待が高まる…その2 ""
【観測結果】
観測は、2014年3月と5月に、国立天文台野辺山宇宙電波観測所にある45m大型電波望遠鏡を用いて、周波数78 ~100 GHz(用語説明6)の範囲で実行しました。観測に使用した受信機の性能が大変素晴らしく、その結果、私達が既に見出していたメチレンイミン (CH2NH) が豊富な天体中の2つであるG10.47+0.03とNGC6334Fにおいてグリシンの前段階物質であるメチルアミン (CH3NH2) を見出すことができました(図2を参照)。これらの2天体では、今まさに、星が誕生しています。つまり、星が誕生している現場で、グリシンの前段階物質が存在することが明らかになったのです。
今回見出したメチルアミンの存在量を求めたところ、これまでに報告されていた銀河系中心でのメチルアミンの存在量よりも約10倍も多いことが分かりました。つまり、今回メチルアミンが検出された天体は、知られている中で最もメチルアミンが多い天体であるということが分かったのです。
(図2. 今回の研究では複数のメチルアミンによる信号線を検出しました。この図では、そのうち、静止周波数79.2103 GHzにあるデータを示します。横軸は周波数。縦軸は温度を単位として表した受信電波の強度。)
私達のこれまでの研究により、メチレンイミン (CH2NH) は、星間分子雲中に豊富に存在する猛毒である青酸 (HCN) に水素 (H) が付加して生成されることが示唆されています。これと今回の私達の研究結果を総合すると、星間分子雲でのグリシンの生成経路として、「HCNへの水素(H)付加によりメチレンイミン (CH2NH) が生成、さらに水素が付加することによりメチルアミン (CH3NH2) に変化し、これが星間分子雲に豊富する二酸化炭素 (CO2) と反応してグリシン (NH2CH2COOH) となる」ことが強く示唆されます。
【研究のインパクトと今後の展望】
1. 私達が得たメチルアミン (CH3NH2) の存在量を、星間分子の存在量を理論的に予測するモデル (R. Garrod, ApJ, 765, id.65 (2013)) と比較してみたところ、両者が比較的良い一致をみることが分かりました。このモデルは、私達が着目したメチルアミンと二酸化炭素からグリシンを生成する反応を考慮したものです。
同モデルによって予測されるグリシンの存在量は、アルマ望遠鏡を用いることにより検出可能である量です。従って、私達の研究結果に基づいてアルマ望遠鏡を用いた観測を実施することにより、過去40年近く成功できなかった星間分子雲のアミノ酸を世界で初めて発見できる可能性が高まりました。
星間分子雲でアミノ酸が実際に発見されれば、宇宙に豊富に存在する単純な物質が徐々に複雑化する過程を経て、やがて、惑星上で生命が発生する、という宇宙的視野に立ったストーリーを描くことができます。
(図3. 宇宙の生命素材物質(アミノ酸やその前段階物質等)から、タンパク質やDNA、単細胞生物、多細胞生物を経て私達(ヒト)までが繋がっていることをイメージした図。)
2. 私達の研究結果により、星や惑星を生み出す母体である星間分子雲中にアミノ酸の前段階物質(や、間接的には、アミノ酸)が豊富に存在することが分かりました。このような生命素材物質は、彗星や隕石により惑星の表面に運搬されて集積し、いくつかの惑星では生命の発生に至ると考えられます。太陽系外惑星に生命が存在し、植物のように光合成をする能力を獲得していれば、その惑星大気中には、光合成の結果生み出された酸素 (O2) やオゾン (O3) が存在すると期待されます。
国立天文台も参加して建設が始まったTMT望遠鏡は、高感度な惑星大気観測によりこれらのバイオマーカーを探査しようと計画しています。私達の研究結果は、バイオマーカー探査計画の科学的重要性を大いに高めることとなります。
【用語説明】
(1) アミノ酸、糖、 ★ 核酸塩基:全ての生命体に含まれている化合物。アミノ酸がたくさん繋がってタンパク質を構成します。糖はエネルギー源となると同時に、遺伝情報を保持するDNAの基盤になります。核酸塩基はDNAの本体部分を構成し、アデニン、グアニン、チミン、シトシンの4種類があります。
(2) アルマ望遠鏡:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)― 南米チリのアタカマ砂漠に日米欧の国際協力の下に建設・運用されている大型電波干渉計。
(3) TMT望遠鏡:Thirty Meter Telescope(30メートル望遠鏡) ― 日本を含めた6ヶ国が共同で建設する直径30mの光学赤外線望遠鏡。ハワイ島マウナケア山での建設作業が2014年から始まりました。2021年度の稼働開始を目指しています。
(4) バイオマーカー(宇宙生命の兆候):生物活動によって作られたと推測される物質を指す。植物の光合成によって作られる酸素やオゾン、あるいは、葉緑体による吸収信号などが提案されています。
(5) メチルアミン (CH3NH2):東京天文台(現国立天文台)三鷹キャンパスにあった6m電波望遠鏡を用いて、1974年に海部宣男(現国際天文学連合会長、元国立天文台台長)らが発見した星間分子。日本人が発見した最初の星間分子です。
(6) GHz:ギガヘルツ。周波数の単位の一つで10億ヘルツ(1秒間に10億回振動することを意味します)。野辺山宇宙電波観測所の45m大型電波望遠鏡は、70 ~115 GHz(波長に換算すると、約4mm~2.6mm)の周波数範囲で、世界最高性能を示します。
② ★ 核酸塩基 、wikipedia
(フラノース分子部の位置関係)
(ヌクレオチドを接続するホスホジエステル結合)
(RNAとDNA、それぞれの核酸塩基)
核酸(かくさん)は、リボ核酸 (RNA)とデオキシリボ核酸 (DNA)の総称で、塩基と糖、リン酸からなるヌクレオチドがホスホジエステル結合で連なった生体高分子である。
糖の部分がリボースであるものがRNA、リボースの2'位の水酸基が水素基に置換された2-デオキシリボースであるものがDNAである。
RNAは2'位が水酸基であるため、加水分解を受けることにより、DNAよりも反応性が高く、熱力学的に不安定である。糖の 1'位には塩基(核酸塩基)が結合している。さらに糖の 3'位と隣の糖の 5'位はリン酸エステル構造で結合しており、その結合が繰り返されて長い鎖状になる。転写や翻訳は 5'位から 3'位への方向へ進む。
なお、糖鎖の両端のうち、5'にリン酸が結合して切れている側のほうを 5'末端、反対側を 3'末端と呼んで区別する。また、隣り合う核酸上の領域の、5'側を上流、3'側を下流という。