① ""天の川を撃ち抜く超音速の『弾丸』を発見、〜正体は「野良ブラックホール」か?〜""
★ 概要
慶應義塾大学大学院理工学研究科の山田真也(やまだまさや・修士課程2年)氏と同理工学部物理学科 岡朋治教授らの研究チームは、国立天文台ASTE 10 m望遠鏡および野辺山45 m電波望遠鏡を用いて、天の川銀河の円盤部で発見された超高速度分子ガス成分「Bullet (弾丸)」の電波分光観測を行い、その詳細な空間構造・運動・物理状態を明らかにしました。
その結果、このBulletは5000年から8000年前に起きた局所的な現象によって駆動された成分である事が分かりました。Bulletの膨大な運動エネルギーと空間・速度構造、そして今現在この方向に天体が見られない事を考え合わせると、駆動源は一時的に活性化したブラックホールである可能性が高いと考えられます。現在、天の川銀河には、1億個から10億個のブラックホールが浮遊していると考えられています。今回の発見は、これまで観測する手段のなかった、伴星[注1]を持たない「野良ブラックホール」に迫る極めて先駆的なものです。
(図3:今回の観測からその存在が示唆される、「野良ブラックホール」の想像図。分子雲を「野良ブラックホール」が突き抜け、ブラックホールの重力に引かれて分子ガスがブラックホールに高速で引きずられている様子を描いている。 (大きな画像)
Credit: 慶應義塾大学 )
② 本研究のポイント
・天の川銀河円盤部で発見された超高速度分子ガス成分「Bullet (弾丸)」の詳細な分子スペクトル線観測を行い、その詳細な空間構造・運動・物理状態を明らかにした。
・Bullet内に極めてコンパクトな高速度成分とやや低速度の膨張運動を行う成分を確認、これは5000~8000年前に起きた局所的エネルギー注入の痕跡であると結論。
・上記の空間・速度構造と膨大な運動エネルギー、そして対応天体の不在から、Bulletの駆動源が一時的に活性化したブラックホールである可能性を指摘。
③ 研究背景
我々の住む天の川銀河には数千億個の恒星と大量の星間ガスが含まれ、中心付近に棒状構造を含む直径約10万光年の円盤構造をしています。この銀河系円盤部は約220 km/sの速度で回転しており、円盤部にあまねく広がった星間ガスが放つスペクトル線のドップラー偏移から、ガスの視線速度[注2]を観測する事ができます。星間ガスはさらに、近傍の大質量星からの星風や超新星爆発によって、その物理状態・化学組成とともに運動状態に影響を受けることが知られています。
研究チームは、1つの超新星爆発が星間ガスに与える運動エネルギーを精密に直接測定する目的で、太陽から約1万光年の距離にある超新星残骸W44の詳細な観測的研究を進めていました。その過程で、W44に付随する分子雲中に超新星残骸の膨張運動から大きくかけ離れた、空間的にコンパクトな高速度成分を発見しました (図1a,b)。「Bullet (弾丸)」と名付けられたこの直径約2光年の高速度成分は、120 km/sもの異常な速度幅を呈し、天の川銀河の回転方向とは完全に逆方向の速度を有していました(参考:2013年8月9日プレスリリース 「星間分子雲中を通過する超新星衝撃波の”速度計測”に成功」)。この速度幅は、星間空間での音速を二桁以上上回るものです。
(図1: (a)超新星残骸W44方向のCO J=3–2 スペクトル線強度(カラー)と1.4 GHz連続波強度(等高線)の分布。(b) 銀緯–0.472°におけるCO J=3–2 スペクトル線強度の銀経-速度図。(c-f) Bullet部分の銀経-速度図。左から順にCO J=1–0、CO J=3–2、CO J=4–3、HCO+ J=1–0。銀経-速度図とは観測領域内の特定の位置でのガスの速度分布を示したものであり、この図で上下に伸びる構造は速度幅が非常に大きいことを示している。( 大きな画像 ))
④ 研究成果
今回、研究チームはBulletの起源を探る目的で、国立天文台ASTE 10 m望遠鏡および野辺山45 m電波望遠鏡を用いて、分子スペクトル線による詳細なイメージング観測を行いました。観測するスペクトル線としては、星間空間で比較的存在度の高い一酸化炭素分子(CO)とホルミルイオン(HCO+)のそれぞれ複数の回転遷移スペクトル線を採用しました。同種分子の複数の遷移を測定する事で、分子ガスの密度や温度などの物理状態を評価する事ができます。
観測の結果、BulletからはCOでは観測した全ての遷移が検出される一方で、HCO+スペクトル線は低エネルギー準位間の遷移のみが検出されました。この状況は、同じ領域で検出されるW44超新星残骸に圧縮された分子ガスとは決定的に異なり、Bulletでは圧縮過程よりも加熱過程の方がより効率的に働いている事を示しています。
同時に観測結果からは、Bulletの詳細な空間・速度構造が明らかにされました。その位置-速度空間での挙動は、明瞭な“Y”字型で特徴づけられます (図1c-f)。この“Y”字の上部は速度約50 km/sの膨張運動を現しています。一方で、下部の直線部分は観測の解像度(0.7光年)以下の空間的広がりしか持たないコンパクトな構造でした。Bulletの質量は7.5太陽質量[注3]、運動エネルギーは1048 erg [注4]にも達し、膨張速度と大きさから計算される年齢は5000~8000年となります。これらの値は、これまで認識されているいかなる種類の天体でも説明が不可能です。
以上の観測事実から、研究チームは以下のような二つのシナリオを提案しています。
[爆発モデル]: 超新星残骸の衝撃波が点状重力源を通過、衝撃波後方の高密度層の一部が重力源へと降着し、重力エネルギーが解放される(図2a)。この過程(Bondi-Hoyle-Littleton降着 [注5])によるエネルギー解放量は、重力源がブラックホールの場合に最大となり、Bulletの運動エネルギーを賄うためにはブラックホール質量は3.5太陽質量 [注3] 以上でなければならない。
[突入モデル]: 高速の点状重力源が超新星衝撃波後方の高密度層に突入、重力で引き寄せられた部分が加速される(図2b)。この過程もBondi-Hoyle-Littleton降着として定式化され、ガスに与えられるエネルギー量は、やはり重力源がブラックホールの場合に最大となる。Bulletの運動エネルギーを賄うためにはブラックホール質量は36太陽質量以上でなければならない。
上記いずれのシナリオにおいても、Bulletの駆動源としてブラックホールが本質的な役割を果たします。つまり現状で想定されるBulletの駆動源は、伴星を持たない単独のブラックホールであるという事になります。
( 図2:二つのBullet形成シナリオの模式図。(a) 爆発モデル、(b) 突入モデル。いずれもW44超新星残骸の膨張による衝撃波面(W44 shock front)の一部を表しており、希薄なガス(quiescent gas)の中を衝撃波が進むことによってガスが圧縮され、高密度ガス(dense gas)ができる。今回観測された Bulletは、そのごく一部が周囲とはまったく異なる運動をしており、その様子が図の中央に表されている。
⑤ 今後の展開
現在の観測結果からは、Bulletがどちらのシナリオに沿って形成されたかを判断する事はできません。電波干渉計を使用した高解像度イメージングにより、ブラックホールのごく近傍からの電波放射が検出される可能性があります。それによって、ブラックホールとBulletの正確な位置関係が明らかになり、Bullet形成シナリオの判定が可能になるかもしれません。
理論的研究に基づくと、天の川銀河には1億個から10億個ものブラックホールが浮遊していると考えられています。一方で、現在ブラックホール候補天体として認識されている天体は60個ほどに過ぎません。
つまり、ほとんどの天の川銀河内のブラックホールは、伴星を持たずに単独で浮遊する
🐈「野良ブラックホール」なのです。実際研究チームは、特異電波天体「宇宙竜巻」の駆動源もまたそのような野良ブラックホールである可能性を指摘しました(参考:2014年8月18日 プレスリリース 「謎の天体『宇宙竜巻』の駆動メカニズムを解明 分子雲衝突によるブラックホールの活性化」)。今回の研究によって、自らは明るく輝いていない野良ブラックホールの存在を確認する一つの手法が示されました。これによって、天の川銀河の中に無数に存在する同種天体の、研究の端緒が開かれたと言えます。
🐈 天文学や学術用語とかけ離れた名称で面白いです。
[注1] 二つの恒星が両者の重心の周りを軌道運動している天体を「連星」と呼び、通常は明るい方の星を「主星」、暗い方の星を「伴星」と呼びます。
[注2] 観測されるスペクトル線は、ドップラー効果により観測者との視線方向の相対速度に応じて周波数が変化します。この視線速度は、遠ざかる方向を正として、太陽系近傍にある恒星の平均速度を基準に表示されます。
[注3] 太陽質量 :天文学で使われる質量の単位。1 太陽質量 =1.99×1030 kg。
[注4] 🌀erg (エルグ)は、エネルギーの単位。1 erg = 10-7 J (ジュール)。
[注5] Bondi-Hoyle-Lyttleton降着流とは、点状重力源が媒質中を運動する時、近くの媒質が後方の「航跡」に集積された後、重力源へと降着する流れのことです。航跡において向かい合う流体素片同士が角運動量を打ち消し合うため、効率的な質量降着が行われます。F. Hoyle & R. A. Lyttleton (1939)、および H. Bondi & F. Hoyle (1944) によって定式化されました。
⑥ 研究論文について
この研究成果は、Yamada et al. "Kinematics of Ultra-high-velocity Gas in the Expanding Molecular Shell adjacent to the W44 Supernova Remnant"として、2017年1月1日発行の米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」オンライン版に掲載されました。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
山田真也(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程2年)
岡 朋治(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授)
竹川俊也(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 博士課程2年)
岩田悠平(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程1年)
辻本志保(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程1年)
徳山碩斗(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程1年)
古澤舞子(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程1年)
田鍋圭介(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程1年)
野村真理子(慶應義塾大学理工学部 物理学科 研究員)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 15H03643)の支援を受けて行われました。
⑦ 🌀erg (エルグ)、wikipedia
エルグ(erg)は、CGS単位系における仕事・エネルギー・熱量の単位である。その名前は、ギリシャ語で「仕事」を意味する単語εργον(ergon)に由来する。
1エルグは、1ダイン(dyn)の力がその力の方向に物体を1センチメートル(cm)動かすときの仕事と定義されている(g·cm2/s2)。この定義において、ダインをニュートン(N, 1N = 105dyn)に、センチメートルをメートル(m, 1m = 102cm)に置き換えると、SIにおける仕事・エネルギーの単位であるジュール(J)になる。よって、1 J = 107 erg, 1 erg = 10−7 J となる。
エルグは非SI単位であり、同じ物理量のジュールの使用が推奨されている。日本においては、SIへの移行を目的として1993年11月1日に施行された新計量法において仕事・エネルギーの単位にはジュールを使用することが定められており、1995年10月1日以降は商取引などでのエルグの使用が禁止されている。