じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

旅のおわりに

2013-07-03 22:38:28 | 旅と感想
写真でまとめてみました


2800円のウドンタニのホテルが豪華で懐かしい


閑散としてて、ナンダこりゃと言ったバーが懐かしい


いや、北へ向かうはずなんだが・・・


ラオスの最大の産業は売電・・・しかし、落ち目らしい


これ、教科書で見た・・・パコタっ言うんだっけ? 仏舎利塔の原型でしょ?


今居るホテルのロビー?いや、ただの出入り口?


焼け付く日差しなのに仏像の並ぶ所は涼しい


一番人気の寺・・・金取るから外人しか居ない


もうすぐ行き倒れになりそうな観光客


ここの仏像でラオス娘のぴっちりシャツの謎を解いた


蜂蜜 甞めさして貰ったら苦かった


ピッチリシャツを着て正装してるんですね 供物を供えてお祈りします


入場料だと勘違いしてバイク整理のおじさんに10円払った


メコン川に掛かる橋・・・は、実はここからではタイに行けない


全方向 何ぼ待っても絶対青にならない歩道の信号


おっさんの勘では これ、プロのモデルとカメラマン


この旅で唯一のレストランでのディナー・・・美味くなかった


ここでアイスコーヒーを飲んでいたら雨になって今夜はおしまい


雨のビエンチャン

何の意味も目的もなく・・・いや、一つだけあった、バスで国境を越えたい、は、あまりにも呆気なく終わり、このルートが今ではラオスとタイの本当の友好の橋になっていて、ラオス市民の買い物バスになっている様子だった。

だからウドンターニーのバス停の中で一番ぼろのバスだったのだろう・・・距離も短くて100キロも有るのかどうか?

何もしない旅であった・・・本当に何もせず、何も起きない旅であった。

考えることも少なく、感じることもなく・・・かと言って満たされずに、得るものも無いのかと言うとそんなことは無く、一昨日には、なんでこんなとこに来ちまったのかと悔やんでいたが、このホテルは外して、また来て見たいと今は思っている・・・たぶん、近いうちにまた来る予感。

スルメ的な国であり街であるな・・・まだ資本主義的サービスに少しなじみが足りない、そんな感じ・・・そこが良いと言うのも無いとは言わないが、要求される金銭はサービスの質より高いので、日本人として安いか高いかと言う話ではないと思う。

まだやっぱし社会主義国なんだと思う。

だから何処に似ていると言われたら、ベトナムでも北のハノイに似ているかもしれない。

いや、たった三泊四日ですから上っ面を撫でただけにも為らないのだけれど・・・。

三輪バイクタクシーの客引きはとても静かで強引な客引きはしないのだが、乗ってしまったら料金は絶対に負けないし強気で吹っかける。

じゃぁ乗らないと言うと、じゃあ乗らなくて良いとそっぽを向く・・・高いと思うタイの三倍くらいの値段を言うんだから参ってしまう。

飯は、地元の人が食べる店と観光客、特にフランス人が出入りする店の価格差が激しいと思う・・・同じものを食べて五倍の価格差。

いや、雰囲気料と言うにはまだお粗末で、資本主義的サービスに慣れていないんだよな、と、こんなところでも思った。

町でクラクションを聞くことが無い・・・アジアの町では日本とラオス以外には考えられない事だと思う。
まっ、モンゴルとかブータンって行ったことが無いので、たぶんそこらの国もそうかもしれないが、ラオスは車もバイクもしっかり走っているのに、しかも、とても走りにくい道路環境なのにクラクションは鳴らさない。

大声も怒鳴り声も聞かなかった・・・人の発する喧騒と言うものがないのか?

ここはしっかりと上座部仏教の国であるなと思った・・・タイの坊さんよりも徳を感じる。
観光用ではない寺に入り込んで見て回ると、洗濯をしたり飯炊きをしたり読経の練習をしていたり、何かしら動いている・・・そして、とても若い。

まだ呑みに出られる時間だけれども・・・あっ、KIPが随分残っちまった・・・また、来るからいいか?

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一度書いて終わりそうだったのに

2013-07-03 20:58:53 | 旅と感想
ナニこれ・・・何なの? パソコンが馬鹿なの?

それとも、ヤプログが奇知外なの? なんてこと寸の世・・・書き上げたら飲みに行くんだったのに。

買うわ・・旧型探して買うわ・・・非効率と気分の悪さで病気になるよ。

まっ、こんなおもちゃ仕事で使う人も居ないんでしょうけど・・・これ、屑だよ。

すんげぇ面白いこと書いたのに・・・消えちまった。

突撃レポートを今までにない出来で、迫真の描写で迫ったのに・・・もう書けない。

いや、太平洋戦争当時の大日本帝国海軍の彷徨に自分をなぞらえ、本日午後、血眼になって敵の居場所を探し続け・・・とうとう、我敵艦隊発見し・・・直ちに戦闘態勢に突入せり・・・で、其のレポートも書いたわけですが・・・・いや、あんな迫真の描写は二度とは書けない・・・恥ずかしいわ。

で、突撃は 桜散る・・・でありましたとさ。

其のほかには、本日の自転車探索で、コリアンの店を三軒も見つけて、何処ででも繁殖するんだなぁ~、と、驚いたことも書きました。

日本語は、汚い飯屋の壁の暖簾に、商売繁盛というのを見つけただけです・・・日の丸は大使館で見ましたね。

あっ・・・バスが日本から送られたものらしく、JAPANと日の丸ついてるのが走ってます。

あと、晩飯に高級レストランでディナーを食ったわけです。

最後の夜だから・・・思い出だけが欲しかった・・・と、いうことで、其の席はいつも白人が座ってビールを飲んでいて、俺もあそこでグラス片手に気取りてぇ~・・・と、狙っていた席でありました。

で、結論なんですが・・・高い不味い無愛想・・・三拍子揃って最悪でした。

レッドカレーディナー・・・と、ビールで、1250円・・・これ、汚い飯屋なら220円・・・最低だな。

んじゃぁ・・・最後の夜に弾けて来ますんで・・・。

とりあえず、おやすみなさい。

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ここはお国の何百里?

2013-07-03 16:15:56 | 2013 タイ&ラオス
まっ、たぶん1200里位ですか? 日本から南東ですかね? やる気になれば歩いて帰れるんですぜぃ・・・詰めは、どこかで日本海を泳ぐことになりますけど・・・泳げないよね、やっぱし。

ヴィエンチャンの郊外まで、都合役四時間、自転車で歩いてみました・・・坂がほとんど無くて自転車には向いてますが日陰が無くて南国の陽射しにモロやられます・・・頭皮が日焼けで痛いです。

で、GPSで測った距離ではおよそ45キロ走ってきた模様ですが、いやはや、何がツライったって、鼻の穴がチリチリして、目がチカチカして・・・排気ガスです。

ディーゼルの大型とかツーストのバイクとかとんでもない年代物の車は少ないのにこの空気の悪さ・・・絶対にガソリンの質が悪いんですぜ・・・フィリピン並かそれより粗悪かも。

で、色んなものを見て歩きましたと言いたいところですが、本日も大きなお寺と小さなお寺と、大きな公園と小さな公園と・・・あと、武器と警察の博物館を見つけたので立ち寄って見たら、お昼時で入れませんでした。
やっぱし、お昼時は全部閉めてゆっくりするのが共産主義なんですね。

あ・・・昨夜貧乏旅行者の若者と話をしていて、ラオスに乞食が居ないと言われて、乞食は坊主になるから居ないんじゃないの?と、答えたんですが、共産主義国には乞食は居ないんですよね・・・建前としては。

で、いい加減走って郊外に出たらなんだか意味も無く泣けてきまして・・・いい年して何やってんだろ?的な虚しさに襲われまして、取り急ぎ町へ戻ることにしました・・・戻り道って遠いね。

で、炎天下を二時間以上も漕ぎ続けていた訳でのどが渇きました。
しかしなぁ、お腹に何か入れると出るかもしれないしなぁ~・・・でもこのままだと倒れるかも、と言うことで、もしもウンピョが来たら、記念すべきラオスでの野糞をしてみようと決めて、道端で売っていた果物屋の兄ちゃんからスイカを買って食った。

実は冷えていないことは知っていたんだけれども、心のどこかで少しは期待していたわけで、あそこまで生ぬるいとは思わなくて驚きました。

しかし、水気は欲しいし、適度に甘くて美味しいので一気に食って、次はグリーンマンゴーに塩をつけてくれ、と、頼んで食いました。
そしたら、食い気が止まらなくなって、パイナップルも食いたくなって、ついでにランプータンも剥いてもらって食いました・・・全部で120円。

いや、帰り道、勘で近道したつもりが街中を避けて回る環状線見たいのに入っちまったようで、戻るべき場所をやり過ごして川に出ちまいました。

で、ありゃぁ~と驚いてGPSを見ると、方角と距離はホテルまでわずかに1キロ・・・へっ、こんなに近いの?
昨日、一生懸命に川を目指して走った努力は何だったの?

そう言う事で、ホテルの前の道をあっちじゃなくて、こっちに向かえば直ぐに川で、公園とかあるんですね。

で、何とかホテルにたどり着き、あんまし腹が減ったので本日は贅沢に昼飯を食うことにして、あの、美味辛い飯屋へ。


ラオス風野菜ラーメンアヒルの肉入り

いやぁ~魂消た・・・醤油味のラーメン、劇うまぁ~。
野菜は白菜もモヤシもしゃきしゃきでスープがなんとも、はや、絶妙の味でして、これは日本でも絶対に受けますね。
で、パクチーが入るんですけど除けて貰えば良いだけなんで・・・そーかぁ、タイ語でパクチーは要りません、を覚えるといいんだ。

で、はらが落ち着いたんで、午後の出撃に備えてシャワーを浴びて、休息中であります。

パンツ履かずにお稲荷さんを広げて風に晒すと元気が出ます・・・放熱効果が高いからでありましょう。
女性は・・・まっ、一眠りします。

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ラオスのビールは美味い

2013-07-03 11:35:37 | 2013 タイ&ラオス
クメール人と言うのは南方系のモンゴル人だといわれたり、モンゴル系の古い形態を残す種だといわれたり・・・しかし、おっさんがそんな学術的なことに興味を持つはずも無く、言いたいことは、クメール人は乳が大きくて立派であり、それでいて垂れずに理想的な形を保つ、と言うことである。

見たのか?と問われれば、見たと言いたい所だが、まっ、そこは曖昧にしておきたい。

昨日、夕方から始まるナイトマーケットに言ってみたら、クメール人の純血種だろうと思う・・・いや、カンボジアを中心に大勢いる、鼻に特徴がある女性のことをおっさんはクメール人と呼んでいるのだが・・・的外れかもしれない。

で、言いたいこと、ここら辺の女性は得てして乳がでかくて立派であるな・・・と、それだけです。

シュメール人と言うのもいるそうで、それはメソポタミアのナニカニと言うことで、アラブのほうのアレなんだろうけど、シュメールの女性と言うのも興味深いものである・・・いずれは拝見してみたいと願う。

明日チェックアウトなんで部屋の掃除もして貰わなくて結構です、と、言ったらタオルだけ換えてくれた。

これからまた自転車で今度は北の方・・・ずっと行けばモンゴルとか、中国とか、か?

このまま帰らずに旅をしたい気分です・・・やっと本調子だな。

今朝は路上で売ってたサンドイッチを食って元気一杯。

ATMで金が下ろせる・・・こんな偏狭の国でもって・・・ホテルでワイハイし照られる国だもの当たり前か。

しかし、ラオスの金はフィリピンより格下らしく、この国以外では通用しないし両替もして貰えない・・・使い切らなくちゃならないんで按配が難しい。

だから、ホテルの兄ちゃんがおっさんのバーツを欲しがる訳だ・・・バーツは国際的にそこそこ信用が有るし。
日本円を出したら腰抜かすかな? 財布に3000縁も掃いているとは奴も知るまいに。

このホテルの部屋、おっさんの我が家の自分の部屋の半分程度の広さで窓も無い。
これを月ぎめで契約すると36000円ですと・・・今、二ヶ月契約と一ヶ月契約の滞在者がいるようだ。

今日が最後の夜・・・さてぇ~玉砕覚悟で突撃するぞ・・・しかし、まだ早いんでとりあえず自転車で出かけてみます。

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ヴィエンチャンの夜はふけて

2013-07-03 08:44:49 | 2013 タイ&ラオス
いや、田舎町ですぜぇ~・・・飲み屋街、屋台通りを一通り歩いてみましたが、まっ、普通に東南アジアのそれでありました。
ただ、隣のタイなどと完全に違うのは、如何わしさは隠されている、と言う感じがするのです。
如何わしいものかない筈は無いのですが、それが社会主義国の姿なのか、簡単に目に付くところには無いのです。

何となくベトナムに似ている・・・そうか、社会主義国かぁ~。

昨晩は屋台通りを歩いていたら日本人の若者に声をかけられ、嬉しくなって座り込み話をした。

他愛ない話だったが、いろいろと面白かった。

2人居て、一人が23歳で、日本を出て三週間目で既に金が無いと言う華奢でよく喋る男。
もう一人は、日本を出て四ヶ月目で、まず、マニラの英語学校で三ヶ月修行をしてアジアデビューをしたと言う、なんだか計画的な21才の若者。

21才の方がマニラでの出来事を語った中に、睡眠薬強盗で30万盗られたという話が合った。
マニラで何処に住んでいたの、と聞けば、パサイだと・・・如何わしくて楽しいところだ。

ああ、二十歳やそこらでマニラの甘い毒に当てられたら人生危ういな、と、思って武勇伝に水を向けると、たった三ヶ月の間にフィリピーナと将来を誓う仲になったとの事。

俺、あんなに熱く女性に接したの初めてでした、と言う彼の目はラオスに居たくないと訴えていて、完全にマニラに向いていた。

マニラでフィリピーナかぁ~・・・懐かしすぎるわぁ、と、思ったし、彼のこれからの事の顛末がほとんど見えていたんだけれども、敢えて黙っていた。

21才の彼曰く、日本で事業をやる資金なんて無理だけど、フィリピンにはまだまだチャンスがある、と語って、フランチャイズの権利が一口10万でビジネスに参加できるのだそうだ。

睡眠薬強盗から何も学んでいないようで微笑ましかった。
そして、これについては忠告してあげた。
それ、随分昔から流行っているねずみ講の一種で、ジョリビー講って言うんだぜ、と言うと黙ってしまった。

23才の彼は饒舌だった。
しかし、現実なのか空想なのか良く分からない話で、たぶん嘘八百なのだろうと思った。
彼の取り留めの無い話は、出国するのに飛行機に乗り遅れチケットを無駄にしたことから始まった。
しかし、搭乗手続きを済ませているのに乗らなかったと言うのは国際線では考えられないので、どこかで読んだ旧い本の話か何かを脚色したのか、と思った。

この人はしきりに金の無いことを言い、帰りのチケットも無いと言う。
明日の目しだいも無いと言うので300バーツを恵んでやった。
彼は喜捨を知っていて、これは喜捨だからと言うと、目の前の金をやっと受け取った。
それまで貰う言われは無いと、手を出さなかったのだ。

随分飲んだ。
ラオビールの大瓶で6~7本を空きっ腹に流し込んだので結構効いた。
つまみは、炭のコンロを片手に売り歩くスルメだった。
海の無いラオスで何故こんなにスルメが、と思って屋台の人に聞いてみると、海が無いから何でもかんでも干物なんだよ、と教えてくれた。
今も昔も海のものはベトナムから来るのだそうだ。

21才の彼がネットで情報を売って金にしている、と面白い事をいった。
どこかの会社に依頼されているのだそうだ・・・ああ、あれか?とピーンくるものが有った。
最近流行のネットライターと言う仕事か?
アレは確か原稿用紙一枚200円程度だったはず。
それでも無収入よりは確実に良い。

ああ、其の手も有ったか、と、思ったが、書くことに義務は感じたくないし、第一安いとはいえ金になる文章は書ける気がしないし。

飲み続けるうちにますます支離滅裂になる23才に、天性の能天気を見た気がした。
生来のいい加減男なのだろうとしか思えない言葉が続く。

時々意地悪く釘を刺す・・・それって何時まで続けられるの?最後は見えてるし、死ぬしかないね・・・うん、すぐに死ぬべきだよ、と、追い込んでみたりした。

人間は生きるか死ぬかしかなくて、より快適に生きるか不自由に生きるか、それの振れ幅を自分に合わせるしかないと思うんだが、マックス貧乏は精神的に自由化と言うと、社会を支配するのが金なんで、金と縁が無いと言うことはとても不自由なんだよね、と、意地悪く言ってみたりした。

かれらは酔っ払ったおっさんの言葉をよく聞いてくれた。
2人に共通の構造は・・・争うのは苦手・・・そんな感じだった。

屋台の勘定は450円だった。
かわいいお姉ちゃんの居る店で飲むはずだった展開が一番予期していなかった方向へとズレた。

ああ、旅って、面白い。

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