ブログ仙岩

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福井のルーツは「消えた都市」にあった

2019-02-11 13:41:39 | 旅行
一昨日のブラタモリ「武蔵小杉」は録画して半分眠りながら少し見た大変寒い夜でした。

いわき市にもある「首長竜」の発掘現場に近い久之浜海竜の里に建つ像と似たものがある福井駅前からスタート。写真は霧島昇の実家近くにある海竜の里の歌碑。

福井市の生い立ちは、市街地から離れた山奥の谷「一乗谷」にあり、戦国時代繁栄した城下町で、足羽川の支流にある一乗谷は奥行1.7㎞の谷あいに1万人が暮らす街。過去の面影が一面に広がる礎石や堀、発掘の結果明らかになった「消えた都市」でもあり、石垣の門で守られた城下町の町並みの各家に、発掘紙切れから分かったトイレや井戸があった。医者の屋敷跡には、大きな間口と石の庭で医学書も発見された。

当時の建物を忠実に復元した武家屋敷の町並みに商人の家があり、経済都市を物語る。立派な門構えの朝倉氏の館の井戸から発見された欧州製のグラス、日本海の水運を握る川の利用で一条谷の豊かさが支えられた。

織田信長に滅ぼされて消えた一乗谷。そこで生まれた経験や智恵は朝倉氏の後の結城秀康が建てた福井城の美しい屋根瓦は、笏谷石でできており、この石は足羽川を利用して全国に運ばれた。城下町には、かって一乗谷の商人や職人が移り住んだ一乗町の地名がある。岩造りの不思議な庭園から浮かび上がる江戸時代の福井繁栄は一乗谷の時代から現在まで続く老舗に残る朝倉の家紋の留袖などから、福井のルーツは一乗谷にあった消えた都市にあったと、タモリさんも 発掘現場の遺品等を見て納得した。地形から見る深い歴史観に私も感動。