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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

聖書に預言された世界の歴史  第20回

2016年04月15日 | 日記

5、結論

 

小さい角は以上のような9つの特徴をみなもっている勢力でなければなりません。まとめると、小さい角は、西暦476年以降にローマ帝国が十の国に分裂した西部ヨーロッパから出た、政治的で宗教的な勢力であるべきであり、その勢力は自分を神様と等しくし、自ら罪を赦す権威があると公然と口にし、神様の律法を変更させて、聖徒たちを「ひと時、ふた時、半時」の間迫害していた勢力であるということです。

「ひと時、ふた時、半時」の預言的期間に対する解釈は、以前の冊子〈第○○課〉で、扱いましたが、もう一度簡単に復習したいと思います。

 

6、ひととふた半時1260

 

「ひと時、ふた時、半時の間」がどれぐらいの期間であるかについて知る手がかりは、ヨハネの黙示録にあります。ヨハネの黙示録12章6節と14節には、女として象徴された神様の残りの教会が、地上にあるサタンの勢力が加える迫害から逃れて荒野に身を隠す場面が次のように表現されています。「しかし、女は自分の場所である荒野に飛んで行くために、大きなわしの二つの翼を与えられた。そしてそこでへびからのがれて、一年、二年、また、半年の間、養われることになっていた」(黙示録12:14)。「女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった」(黙示録12:6)。

この預言の正確な意味を知らない人でも、この二つの聖句が同じ事件を表わしていることは、容易に判断することが出来ると思います。ヨハネの黙示録12章14節では、女が荒野へ逃げている期間を「ひと時、ふた時、半時」と言いましたが、同じ事件に対して6節では女が荒野へ逃げている期間を「千二百六十日」と説明しています。従って私たちはここで「ひと時、ふた時、半時」が「千二百六十日」と同じ期間を意味するということを確認できます。

(ひと時とふた時と半時=1260日)

 「あなたはその期間を終ったなら、また右脇を下にして寝て、ユダの家の罰を負わなければならない。わたしは一日を一年として四十日をあなたのために定める」(エゼキエル4:6)

聖書で、預言的期間を表わすために使われる象徴としての「時(Time)」と「日(Day)」は実際にはどれぐらいの期間を意味するのでしょうか?

時(Time):「時」に対する意味を把握できる鍵がダニエル書11章13節にあります。「それは北の王がまた初めよりも大いなる軍を起し、数年の後、大いなる軍勢と多くの軍需品とをもって、攻めて来るからです」。「それは北の王がまた初め(Time)よりも大いなる軍を起し、 数年(Year) の後、大いなる軍勢と多くの軍需品とをもって、攻めて来るからです」この聖句で「時(Time)」は「年数(Year)」を意味する象徴的な表現であるという事実が分かります。従って「ひと時とふた時と半時」は、 「1年+2年+半年」として換算されなければなりません。それゆえ、ひと時とふた時と半時 = 1年+2年+半年 = 360日+720日+180日 = 1,260日になります(聖書で預言的な期間を象徴する1年はいつも360日として計算される)

 日(Day):聖書で期間を象徴する預言で : 1日は実際において1年として換算されなければならないという重要な原則を理解しなければなりません(1日=1年)。私たちはエゼキエル4章6節で期間的預言を解くもう一つのカギを発現できます。民数記14章34節でも同様の原則が適用されています。「かの地を探った四十日の日数にしたがい、その一日を一年として」。それゆえ1,260日という預言的な期間は実際において1,260年として換算されなければなりません。

● 時(Time) = 年(Year): ダニエル11:13

● 日(Day) = 年(Year):エゼキエル4:6、民数記14:34

 ひと時 =  1年   360日

ふた時 =  2年      720日

半時= 半年   +180日

 3年半           1,260日

  {  聖書で1年は360日として計数される }

 1,260日            1,260年 (1日 = 1年)

 結論的に、私たちは聖書に記された期間的な預言を解釈する、次のような等式を作り出せます。

ひととふた半時 12半年 1,260