生命哲学/生物哲学/生活哲学ブログ

《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

風間虹樹の紙芝居絵画「天上天下、至福三態、幸福二態」

2010年11月15日 23時45分48秒 | 美術/絵画
2010年11月15日-2
風間虹樹の紙芝居絵画「天上天下、至福三態、幸福二態」


 (至福、至福、)


 (戯れ、戯れ、)


 (む、下界に近い。落ちてる、落ちてる、、……)

 

 (天上、天中、中陰を下る……)


 (無無無無、無無無夢、無無夢夢、無夢夢夢、夢夢夢夢、無夢無夢、むむむむ、夢無夢無、無無無無、夢夢夢夢、)


バルカン☆人へのなるほど色のインタヴュー(第4巻)

2010年11月15日 02時00分15秒 | 生命生物生活哲学
バルカン☆人へのなるほど色のインタヴュー(第4巻)


??スポック博士。以前、謎色という色について耳にしたことがありますが、なるほど色というのは初耳です。
☆☆☆初耳や垢を煎じて賢くなる。字余り、ほいほい、と。
??なんですか、だいぶ地球の文化にも造詣が深くなりましたね。
☆☆そうですのじゃ。そもそも文化とは、なるほど色のスペクトル展開にほかならない。
??ムム、とどのつまりは?
☆☆すべて神の自己展開である。
??なるほど。では、ロボットは何をめざしているのでしょう?
☆☆その奴隷根性から言って、人間への奉仕、つまり反逆をめざしている。
??しかし、?
☆☆人間の目的は神になることである。もっと正確に言えば神であることを知ることである。われわれは発達した脳をもってからは物をつくるという神のまねごとをしつづけている。これは想像力のおかげである。想像力は創造力である。神が鏡によって自己認識したとき、宇宙ができた。むろん鏡は神自身であり、宇宙もまた神である。一が二になり三になるの公理である。
??うーーむ、さっぱりわかりません、ことがわかりました。
☆☆そう、わからないことをわからないという、それがわかるということである。
??どこかで聞いたようなセリフ。。。
☆☆それは当然である。すべては五十音であるから。
??それではサルがタイプライターで打ち出したシェイクスピアになるじゃないですか。
☆☆サルであろうとなんであろうと、情報が介在すればなんでもできる。すべてはエネルギーであるが、
    エネルギーは情報にしたがう
の公理のとおりである。人間は思考する。それはエネルギーに方向を与えていることであり、神になる練習をしているのである。したがって他人が発明・発見をしたそのときにそのアイデアを盗むこともできる。しかし、本人が独自の発見をしたといっても、本当は神々がそのアイデアが発見されるべく思考界にアイデアを送り込んだものを当人が発見したにすぎない。その意味では先取権争いとか著作権主張は無意味である。
??するとサルは情報だったのですね。
☆☆そのとおり。
??ではその情報とは?
☆☆情報は、取り決めのシステムによって発生することが運命づけられる。つまり発信人と受信人を想定し、解読コードを定めることである。
??つまりDNAは神だったのですか。
☆☆それはただしいけれども間違っている。神などはこの宇宙に存在しない。あるのはエネルギーと情報である。物質とはエネルギーの一形態であり、霊とは物質のしたがってエネルギーの精妙な存在様式である。
??えっ? 神は存在しないのですか?
☆☆そもそも名づけえないものが神なのであろうが、そう呼びたければ存在する。この宇宙に存在するのではなく、この宇宙そのものが神なのである。というよりこの宇宙は神の一部であり、したがってこの宇宙は神において存在するというべきだ。
??頭がくらくらしてきました。
☆☆全体は部分をしっているが、部分は全体をしらない。人間は宇宙全体を知らない。認識の程度が広がった分、宇宙がひろがっただけである。
??すこしはわかる話をしてください。
☆☆豚に真珠にたとえのあるごとしである。

??どうも今回はご機嫌斜めだっただったようで、すたこらさっさとバルカン星へスポック博士は逃げ去ってしまいました。
☆☆これこれ、ご機嫌もへちまも、バルカン星人は感情をとっくに超越したということを覚えておいてほしい。感情という粗野な物質を扱うのは簡単であるのだが、地球人の平均レベルではまだまだ難しいようだね。
??しかし、あいもかわらず突然でてきますね。
☆☆われわれは時間も空間も超越している。
??どうすればそうできますか?
☆☆まず、時間とは錯覚であることを悟らねばならない。時間とは運動にすぎない。それを感覚としてとらえると時間という概念となる。つまり、空間としてひとつであることを知ればすべては同時に起こる。世界はテープとして存在する。それは同時にひとつのものとして存在する。テープを回せば時間が生まれ、世界が時間の現象のごとくして運動するというわけである。よくわかっただろう。
??それで、人間はテープを巻かねばならないということですか。わかったということにしておきます。
☆☆そうそう、わかった気になるということが大事である。
??? ま、いいか。ところで人間とはなんですか?
☆☆人間とは、はじめから人間であるところのものである。人間が鉱物であった時代、植物であった時代も人間だったのである。
??そんな無茶苦茶を言わないでください。混乱します。
☆☆混乱しているのは、同一性をきちんと考えないからである。形態の進化と意識の進化を区別しないからである。あなたとは何か。意識の焦点をあなたの感情にあわせているとき、つまりあなたのからだを構成している感情物質に焦点を合わせているかぎり、あなたは自分をたとえば怒りといったもの、つまり怒りを住まいとしている神々に支配されていることを、意識せずに許しているということになる。これはあなたがあなた自身を感情として同定したということである。あるいは、肉体脳に焦点があるかぎり、自分をそれとして同定していることになる。つまり肉体とは牢獄であり、よりよき住まいにするにはそれなりの工夫がいるということだ。
??ますますわかりません。
☆☆つまり、移ろう世界においては同一性とは情報における同一性しかありえず、したがって神における自己同一性しかないのである。素粒子にしても、生成消滅するからには概念としての同一性、情報的同一性しかない。利己的遺伝子のいう己れとは何なのか。コピーされた遺伝子は物質的には同一ではない。保存されていくのは情報的同一性であり、それも変異していくのであるから、何をいっているのやらわからないことになる。つまり相対的に安定なのは、したがって実在するのはデザインであり、プランであり、イデアである。時計職人は隠れて健在なのである。
??わかったような、わからんような。
☆☆わかるときがくればわかる。それまで、さらばじゃ。

??てなわけで、みなさん、少しはわかりましたか。次の詩が参考になるかも~。
 
 
 
マリア・船粒・その他に
関する手紙のための断片

想い出や夢のなかで、海が向うの方へとひいていくとき、そこらには一面に荒れた岩場のようなものがあらわれてくる。その岩場のようなものは、おそらくはくもつた日には灰色にみえ、そしてまたあるときはその一部が、狭くにぶくとぎれたようにそこで輝く。ずつと以前、おそらくそこには水のようなものが流れ、それはひりひりし、そしてその上をまたなにかしらごちやごちやしたものたちが足もとの方からひきずられ、そして不意になにもかもなくなつた、そんなことが本当におこつたのかもしれぬ。だが、それをたしかめること、あるいはそれがそうではないといいきること、そのようなことに耐える力は、もうあたしには残されてはいない。
      〔中略〕
<マリア>。
      〔中略〕
 
 それは、くみつくされるとき、海や岩場に似たものになる。海や岩場に似たものは、あるときには、そのあたりに、なにか残光のように、一種船粒様のものをよびおこす。それからそれは、その海や船粒によつて、同時に拡散しながら、いつでも向うの方、もつと荒れたくらがりの方へと昇つていく。

   (岩成達也1969「レオナルドの船に関する断片補足」より)

鯉杉光敏 お好みの詩集と詩篇

2010年11月15日 01時38分57秒 | 詩 poetry
お好みの詩集と詩篇
   鯉杉光敏 1973年1月 選定

□ 詩集
入沢康夫  倖せそれとも不倖せ
岩田宏   最前線
岩成達也  レオナルドの船に関する断片補足
千田光   千田光詩集
那珂太郎  音楽
藤富保男  正確な曖昧
吉田一穂  吉田一穂体系


□ 詩篇
鮎川信夫  繋船ホテルの朝の歌、死んだ男
茨木のり子 女の子のマーチ
祝算之介  龍、夜の伽、鳥、挿話
岩田宏   いやな唄、神田神保町、触れるべからず、あなたの朝昼夜
岩成達也  第二の断片(『燃焼に関する三つの断片』)
入沢康夫  わが出雲
岡田隆彦  史乃命
岡田兆功  うた[ねむれ、ふぉーぬ…]、なまめかしい処から、匍匐抄
梶井基次郎 闇の絵巻、桜の木の下には
粕谷栄市  「犯罪」の第六段落まで(『世界の構造』)
風童太   イマージュII、赤銅色の晩歌、ひとときの歌IV、太古の沈潜
北川透   風景論(初出誌のほう)
金時鐘   第III章(『新潟』)
児玉実用  解氷期[詩・現実]、解体
草野心平  秋の夜の会話、蛙と河童
佐藤千志子 虚への歩み[ユリイカ1971.9月号]
渋沢孝輔  水晶狂い
鈴木志郎康 
高野喜久雄 
滝口修造  絶対への接吻
滝口雅子  男について
築山登美夫 蛇の環、陰の祭(第二連まで)[ちぇつ・くそ8号]、
粒来哲蔵  儀式(ユリイカ197*.*月号)、椅子
原民喜   ギラギラノ破片ヤ
中村稔   愛のかたち、『鵜原抄』のはじめの部分
野間宏   『暗い絵』の冒頭部分の「**」まで
宮川明子  物語N
牧羊子   沖の碑
三好豊一郎 讃歌[現代詩手帖1966.9月号]
花田英三  ※・※※
山田美津子 すねいく、私という現象と毒蛇の死
安水稔和  鳥[ねむっても…]、鳥[]、笑い
吉岡実   静物[夜の器の…]、伝説
吉野弘   I was born
吉増剛造  黄金詩篇、疾走詩篇、死の山

風間虹樹の人生即興絵画

2010年11月14日 00時58分22秒 | 美術/絵画
2010年11月14日-2
風間虹樹の人生即興絵画

  [大変です。出題ミスが判明しました。どうみても、同じです。] 
  [それは、日常茶飯事、よよいのよい、良い。]

 


 
  [人生に正解というもののあろうはずがない。
   なんとなれば、不可解こそが、いのち、だからである。
   真実こそは、一つ。
   渇!
   おっと、喝じゃ、
           (おおきく小声で、へなへなへへしく)
   喝……                       ]

 
  (ふへほ、と舞台を去り行く、あたし、……、どうして、)

 
   どうしてこのようにあたし、雨は降るのか…………


              [協力:某詩作者(鯉杉光敏、山田百合子)]


光、とともにあらんことを……

2010年11月12日 18時57分46秒 | 美術/絵画
2010年11月12日-7
光、とともにあらんことを……
May the Light be with us (of course, also with you) !

 





 
風間虹樹『[題不定]』(部分)
(F50、墨とアクリル、2010年11月。)


[弱々しい光で、すんまへん]
[次はきっと、雄々しく雌々しく中々しく、光、とともにあらんことを……]


 


 
[これで、どや?]
[白々しくて、いいんやない?]



あまたの蝶、骸をおおい、肉にすがりつく……

2010年11月12日 18時38分26秒 | 詩 poetry
2010年11月12日-6
あまたの蝶、骸をおおい、肉にすがりつく……

 
   永良部幻想

 
            てのひらをひらくと、そこか
らはくるめくようにあまたの蝶が舞いあがり、    
      みるまに落ちかかって骸をおおい、その肉[いきみ]
にすがりつく。
 
 
 
  (粒来哲蔵 1971『孤島記』の「永良部幻想」17-18頁より引用。前略、〔  の部分=〕中略、後略)

 
粒来哲蔵.1971.9.30. 孤島記.八坂書房.V+181pp.(限定500部)[B19711224, y2000]


風間虹樹「金鈴、銀鈴、凛、凛、」

2010年11月12日 12時45分30秒 | 美術/絵画
 2010年11月12日-4
風間虹樹「金鈴、銀鈴、凛、凛、」



風間虹樹「金鈴、銀鈴、」
風間虹樹「金鈴、銀鈴、凛、凛、」
風間虹樹「金鈴、銀鈴、りんリン凛、凛、、」
風間虹樹「われわれは、地獄から這い上がる。」
[45度右に傾けて菱形も、可。(一興)]
 
[「結局、どれにするねん?」、
 「どれに、しょっかな~」、
 「ハッキリ、すっきりせんかい」、
 「ま、いずれでもある、てなところで……」]

(S100、アクリル。2010年、ジャン・アカイアの夏に。)


風間虹樹「おほほ、(と笑えば)、トホホ。。(と堪える)」

2010年11月12日 12時08分15秒 | 美術/絵画
2010年11月12日-3
風間虹樹「おほほ、(と笑えば)、トホホ。。(と堪える)」



風間虹樹「おほほ、(と笑えば)、トホホ。。(と堪〔こた〕える)」
(S100、アクリルと墨、2010年。「(某題)」の極小部分:緯度y1-y2、経度x1-x2)
[愉快系、かつ、哀愁系の絵画][ゆえに、癒し系絵画(にならん?)]

山田百合子「トホホで勝負」を参照:
トホホで勝負



システムの分類1

2010年11月07日 14時23分18秒 | 生命生物生活哲学
2010年11月7日-1
システムの分類1

 定義することは、なんであれ、自由である。だから、システムは実在物だと定めることができる。しかしここでは、より広い領域または射程がとれるように、実在しないもの(この意味が、どうであろうとも)も含めるようにしよう。
 したがって、システムの大きな分類(仕分け)として、


表1. システムの大分類

  システムーーー物体、つまり物質的個体。
      ーーー構築体、つまりわれわれが(どこかに?)構築した個体。たとえば或る概念(的個体)。


 ここで、システムとは、対象とできる、あるいはみなし得るものはなんでも言うことにする。なお、唯物論的立場からは、或る概念というものも、概念とはなんらかの物質から構成されるかもしれず、それらの構成要素間を結合する力によって一つのシステムとなっていると、みなす。ここでは人の意思的作用力が、或る概念をまとめて一つとしているものである。もとより、曖昧で漠然とした概念とか、構成要素としては明瞭だが(明瞭性の尺度も認識的観点で変異するので、観点と指標依存的だが)多義的な概念もあるだろう。

 しかし問題は、システムを形成している構成要素間の結合力である。これが、構成要素間に働く作用または力によって、システム全体がひとまとまりとして振る舞うことが説明されれば、下位システムの構成要素と構成要素間の結合力で説明できる、このように考えることにしよう(還元という用語は使わない)。

 そこで、この世界において存在している結合力を分類することになる。まずは、いわゆる物理的な力の分類を参照することにしよう。

 すると、科学的営為の本質とは何かが問題として関わるが、ここではその重要な目的または目標の一つとして、法則性の発見とその定式化を挙げておく。
 法則、あるいは法則そのもの(「そのもの」という言い方は、何を指しているのか概して不明瞭なので、ときには議論相手を煙に巻いているだけじゃないか、といったことになるので、避けたいところだが、ここではあえて使う)はどこにあるのか、といったことは、後に取り上げる。ただし、(おそらく唯物論的実在論にとって)

  法則は、実在するのか?
  或る法則が実在するならば、それは<どこに>実在するのか?

 これらは、大問題である(むろん、知らん顔することはできるし、んなこと考えたって、業績にはたぶんなりにくい)。

 ここでは、自然において観察されるものとして階層性を一つの大前提としておこう。
 もっとも、階層を定義したり同定することがすでに厄介な問題である。たとえば、*** (19** 行方不明)は、物体の空間的尺度における離散性に求めたが、それは認識的な段階といったことである。それでは階層を定義しておらず、或る階層においてはいくつのレベルがあるのか、同定基準も提供されていない。
 多少の細胞が死んでも、(多細胞)生物体は生きている。生物体が死んだ直後でも、一部ないし大部分の細胞は生きている場合がある(この現実世界で実際に生起する件数は多いだろう)。ただし構成要素は、それぞれなりに(おおざっぱには細胞の種類別の仕方で)崩壊していく。

 個体群とかメタ個体群といったものは、原理的にどこかで明瞭に区分できるわけではないので、恣意的にさだめるしかない。したがって、個体群やメタ個体群と呼ばれているものは、或るレベルとなるものではない。生物体organismまたは生物個体individual organismの振る舞いを記述するには、種などの分類単位で生物体を捉えればよい。そこでは統計学が便利である。個体ー個体群ーメタ個体群ー種、とか、(個体と種は、属員関係membership relationであるから、一つの階層を構成しないことを理解して、種を省いて)、個体ー個体群ーメタ個体群、とかという系列は、決して一つの階層hierarchyではない。

 空間的近接性は、なんらかの物体間や生物体間の相互作用をもたらすかもしれない。しかしそれはむろん結合力ではないから、或るまとまりをもたらすものではない。たとえば、いくつかの生物体が塊として認識される空間配置は、なんらかの力の作用または相互作用の結果であるかもしれないだけである。


視覚的表面/物質状態

2010年11月05日 18時55分53秒 | 生命生物生活哲学
2010年11月5日-1
視覚的表面/物質状態

 われわれの物質的視覚。
 空中は大部分が、気体状態の物質が占めている。そこでは、物質原子や分子の存在密度が高い固体の多くが、不透明な表面として、見えている(空間解像度に閾値があり、それよりも粗い物体について、ヒト視覚には、全表面が覆われる、ように見える)。
 液体はまとまって見えるので、表面が波立てば、そのように見える(むろん、波立っていると見えるから、波立っていると表現している、と言うほうが、より無難である=仮定が少ない)。液体には、透明から不透明まである。
 気体はどうなのか? 煙は、コロイド(直径1~100nmくらいの大きさの粒子が、気体中や液体中に分散している状態らしい)か。
 では、気体より密度の低い、しかし単に低密度というのではなく、相転移するといった、区分できる物質状態はあるのか? プラズマ状態ではなくて。
 O2とO3(オゾン)。超気体、隠れ物質 dark matter。

  「固体:近接分子は接触している。分子間の相互配置が定まっている。分子間相互作用はそれぞれの運動に影響を及ぼしている。
   液体:近接分子は接触している。分子間の相互配置は定まっていない。分子間相互作用はそれぞれの運動に影響を及ぼしている。
   気体:近接分子はかなり離れている。分子間の相互配置は定まっていない。分子間相互作用はそれぞれの運動にほとんど影響を及ぼしていない。」
(ウィキペディア 20101105
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E8%B3%AA%E3%81%AE%E7%8A%B6%E6%85%8B
を表化。この表化は、正しいかな??)