訪問日 令和元年5月24日
金龍山 退休寺
春の旅では本来の形とは違うが、一人の女性により記憶に残る参拝となった

「勅使門・土塀(大山町指定保護文化財)」

承徳2年(1653)に再建された。切妻、銅板葺き、一間一戸、正面千鳥破風、四脚門


「後小松天皇御宸筆の勅額(大山町指定保護文化財)」
門扉や棟には「菊の御紋」が掲げられている

さて、ここから記憶に残る事柄が起こる
門の撮影をしていると、若い女性が山門から入ろうとしていた
突然、何処から来たのだろう、気配を全く感じなかっただけに驚いた

人里離れた場所にある寺院だけに流行りの「歴女」かなと思ったが、手には何も持っていないし数分で門から出てきたので違う
目の前を通った時に顔をみたが写真を撮りたくなるような美形だった

若い女性が手には何も持っていないのも不思議だ
服装からも地元の女性とは思えない
歩いていく道は細い一本道で来る途中では誰も見かけなかった

不思議な感覚で門から中に入る
額の字が日本人なのに読めない

「手水鉢」

「開山座禅石」

勅使門の先に仁王像が見える

「仁王像」 いつもは障害物があり苦労して撮っているのだが…

自由に撮ることができるというのも、なかなか難しいものだ

「山門」 切妻、桟瓦葺き、一間一戸、四脚楼門


仁王像の背中を見ることはまれである。奥に見えるのは勅使門

「本堂」 退休寺の創建は延文2年(1357)、当時の岩井垣城の城主箆津敦忠が源翁(玄翁)和尚を招いて開いたのが始まり

至徳3年(1386)、後小松天皇から熊能照禅師の勅賜号と金龍山の勅額が下賜されたことで後小松天皇の勅願所となり勅使門を建立するなど寺観を整えた
宗派は曹洞宗。本尊は釈迦牟尼

源翁和尚はその後、朝廷に悪事を働いた「白面金毛九尾の狐」の化身が「殺生石」(栃木県那須町)となり悪さを繰り返していたところ、その殺生石を法力によって打ち砕いたと伝えられている

「九尾の狐」は美しい女性に化けて権力者をたぶらかし悪行を重ね、最後には退治された狐だという

あの美形の女性、当時、狐につままれたような感じがしていたので、もしかして……と考えてしまった

慶長13年(1608)と昭和16年(1941)の火災で多くの堂宇が焼失したがその都度再建された



曹洞宗の寺院は清掃が行き届いていて気持ちがいい

「鐘楼」


勅使門近くに安置されている石仏3体

「普賢菩薩」



「釈迦牟尼仏」

この石仏の表情がとても良い

大きな木の下にも…

小さな仏様が安置されている

一人の女性の登場で記憶に残る寺院となった
その後、周囲を注視しながら一本道を戻ったが女性の姿はなかった

撮影 令和元年5月24日
金龍山 退休寺
春の旅では本来の形とは違うが、一人の女性により記憶に残る参拝となった

「勅使門・土塀(大山町指定保護文化財)」

承徳2年(1653)に再建された。切妻、銅板葺き、一間一戸、正面千鳥破風、四脚門


「後小松天皇御宸筆の勅額(大山町指定保護文化財)」
門扉や棟には「菊の御紋」が掲げられている

さて、ここから記憶に残る事柄が起こる
門の撮影をしていると、若い女性が山門から入ろうとしていた
突然、何処から来たのだろう、気配を全く感じなかっただけに驚いた

人里離れた場所にある寺院だけに流行りの「歴女」かなと思ったが、手には何も持っていないし数分で門から出てきたので違う
目の前を通った時に顔をみたが写真を撮りたくなるような美形だった

若い女性が手には何も持っていないのも不思議だ
服装からも地元の女性とは思えない
歩いていく道は細い一本道で来る途中では誰も見かけなかった

不思議な感覚で門から中に入る
額の字が日本人なのに読めない

「手水鉢」

「開山座禅石」

勅使門の先に仁王像が見える

「仁王像」 いつもは障害物があり苦労して撮っているのだが…

自由に撮ることができるというのも、なかなか難しいものだ

「山門」 切妻、桟瓦葺き、一間一戸、四脚楼門


仁王像の背中を見ることはまれである。奥に見えるのは勅使門

「本堂」 退休寺の創建は延文2年(1357)、当時の岩井垣城の城主箆津敦忠が源翁(玄翁)和尚を招いて開いたのが始まり

至徳3年(1386)、後小松天皇から熊能照禅師の勅賜号と金龍山の勅額が下賜されたことで後小松天皇の勅願所となり勅使門を建立するなど寺観を整えた
宗派は曹洞宗。本尊は釈迦牟尼

源翁和尚はその後、朝廷に悪事を働いた「白面金毛九尾の狐」の化身が「殺生石」(栃木県那須町)となり悪さを繰り返していたところ、その殺生石を法力によって打ち砕いたと伝えられている

「九尾の狐」は美しい女性に化けて権力者をたぶらかし悪行を重ね、最後には退治された狐だという

あの美形の女性、当時、狐につままれたような感じがしていたので、もしかして……と考えてしまった

慶長13年(1608)と昭和16年(1941)の火災で多くの堂宇が焼失したがその都度再建された



曹洞宗の寺院は清掃が行き届いていて気持ちがいい

「鐘楼」


勅使門近くに安置されている石仏3体

「普賢菩薩」



「釈迦牟尼仏」

この石仏の表情がとても良い

大きな木の下にも…

小さな仏様が安置されている

一人の女性の登場で記憶に残る寺院となった
その後、周囲を注視しながら一本道を戻ったが女性の姿はなかった

撮影 令和元年5月24日