朝護孫子寺の境内は案内図なしには、特に方向音痴の私には歩くことができない。
ブログ作成にあたり、雑誌やネット等で調べた結果、山内には「成福院」「玉蔵院」「千手院」の三つの塔頭があることがわかり、少し頭と写真の整理ができてきた。
成福院(じょうふくいん)
本坊を出て参道を歩くと目の前に成福院の朱色の建物が見えてくる
寅大師
昔より大切なお金のことを「寅の子」という。
成福院の修行大師は別名「寅大師」と言われ、修行大師の傍らに「撫で寅」があり、足を撫でれば出ていったお金が直ぐもどる、頭を撫でてはボケ封じ、牙を撫でては立身出世、尻尾を撫でては延命長寿のご利益がある
石室十三仏(平群町指定文化財)
石仏(ようおまいり)
境内で会う僧侶や係の人から必ず「ようおまいり」と声を掛けられる
三福神堂(さんぷくじんどう)
財運と芸事を司る弁財天を本尊として、左脇侍に福運と豊作の大黒天、右脇侍には開運と大漁の恵美酒太神をお祀りしている
玉蔵院
平安時代、崇徳天皇の御代に、新義真言宗の開祖である覚鑁上人が信貴山に参篭した時、毘沙門天より真陀摩尼(ちんたーまに)という如意宝珠の珠を授けられ、この寺に蔵さめたという伝説から玉蔵院とよばれるようになったという
浴油堂
浴油法(浴油堂でのおがみかた)とは昔から真言密教の秘法中の秘法といわれている
玉蔵院融通堂
縁結び観音
金集弁財天
日本一大地蔵尊
三重塔
萬願の虎(全ての願い事が叶う)
千手院
山内では最も古く由緒ある寺で、信貴山寺を代表する住職の住坊とされてきた
観音堂
本山長谷寺の十一面観世音菩薩のご分身をお祀りしている
護摩堂
命蓮上人が開壇以来1100年間、毎朝欠かさず毘沙門護摩が焚き続けられている
この石に腰を掛けると……
石造十三重塔
多宝塔
祭壇に大日如来を安置。坐像丈三尺、説に恵心僧都作とすることから、古くは天台宗との関わりがうかがえる
元禄2年(1689)に建立、明治15年(1882)に修復
空鉢護法参道から見える多宝塔
鐘堂
次回に続く
撮影 平成25年11月15日
ブログ作成にあたり、雑誌やネット等で調べた結果、山内には「成福院」「玉蔵院」「千手院」の三つの塔頭があることがわかり、少し頭と写真の整理ができてきた。
成福院(じょうふくいん)
本坊を出て参道を歩くと目の前に成福院の朱色の建物が見えてくる
寅大師
昔より大切なお金のことを「寅の子」という。
成福院の修行大師は別名「寅大師」と言われ、修行大師の傍らに「撫で寅」があり、足を撫でれば出ていったお金が直ぐもどる、頭を撫でてはボケ封じ、牙を撫でては立身出世、尻尾を撫でては延命長寿のご利益がある
石室十三仏(平群町指定文化財)
石仏(ようおまいり)
境内で会う僧侶や係の人から必ず「ようおまいり」と声を掛けられる
三福神堂(さんぷくじんどう)
財運と芸事を司る弁財天を本尊として、左脇侍に福運と豊作の大黒天、右脇侍には開運と大漁の恵美酒太神をお祀りしている
玉蔵院
平安時代、崇徳天皇の御代に、新義真言宗の開祖である覚鑁上人が信貴山に参篭した時、毘沙門天より真陀摩尼(ちんたーまに)という如意宝珠の珠を授けられ、この寺に蔵さめたという伝説から玉蔵院とよばれるようになったという
浴油堂
浴油法(浴油堂でのおがみかた)とは昔から真言密教の秘法中の秘法といわれている
玉蔵院融通堂
縁結び観音
金集弁財天
日本一大地蔵尊
三重塔
萬願の虎(全ての願い事が叶う)
千手院
山内では最も古く由緒ある寺で、信貴山寺を代表する住職の住坊とされてきた
観音堂
本山長谷寺の十一面観世音菩薩のご分身をお祀りしている
護摩堂
命蓮上人が開壇以来1100年間、毎朝欠かさず毘沙門護摩が焚き続けられている
この石に腰を掛けると……
石造十三重塔
多宝塔
祭壇に大日如来を安置。坐像丈三尺、説に恵心僧都作とすることから、古くは天台宗との関わりがうかがえる
元禄2年(1689)に建立、明治15年(1882)に修復
空鉢護法参道から見える多宝塔
鐘堂
次回に続く
撮影 平成25年11月15日
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