蔵のまち喜多方から
晴天の穏やかな一日でしたが、風が冷たく感じます。
街へ行って来ましたが、別れ際に 「良いお年を」と声を掛けられる時節になりました。
漢字のまち喜多方に関連しての、街歩き、コース作りについての会議があり
私も参加させていただきました、参加者の皆さんでそれぞれ提案をしそれをまとめて頂きます
いくつかのコースが出来上がることでしょう、再度集い案をまとめます、そして全国の観光地と共に
観光庁へ提出します、全国の皆さんに選んでいただきたいものです、
蔵のまち・漢字のまち・花でもてなすまち・仏都会津・歴史のあるまち・グルメのまち・喜多方は何でも有りです。
出来上がったら紹介しますので、ご期待ください。
帰り際に、歴史を学ぼうという話が出ました。
先日から 仏都 会津について少しづつ書いてますが
思いっきり遡ってみます。 会津とはなぜ? あいづ
それは「相津」という呼び名からと資料には書いてあります
「会津」が正式な名称になるのは大和王権になる奈良時代のようです。
時の四道将軍、大彦命と建沼河別命が会津の地で出会ったことで
相津は会津になったと言われています。
会津郡が成立するのですが、耶麻郡・河沼郡・大沼郡・そして南会津
それらを束ねる「郡」・こおり・という役所が置かれますが、
何処に置かれていたのかははっきりしないようですが、
地名に 郡が付くのは会津若松市の河東町郡山ではないかと言われています。
JR堂島駅の東側から広田駅近くまでです
郡山は広い地域ですが、会津高野山の在る地域です、当時の役所の呼び名は
「郡が」と呼ぶのですが、字が出て来ません。
本日の画像はタイトルとは関係ありません、
念仏踊り・阿賀川・南会津の水車小屋・などです。