日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

老後の過ごし方(海外編)

2007-06-28 19:43:24 | Weblog
 「先生、健康であれば、死ぬことはないです。それなりに仕事を見つけて贅沢しなければ、生きられますから・・・」、これは、ある内科の患者さんがあるナ一スに放った一言であった。
 今、50歳前後の人の心配は、65歳前に仕方なく退職した場合、その間生活が出来て、かつ65歳からの年金(その内に68~70歳)で、ちゃんと生活だできるかどかということであろう。
 退職しても、お金が足りないと思えば、ずっと仕事をそれなりに続けるはめになる。やはり、健康かどうかが、最も大切なこととなる。
 以上のことは、誰もが納得できること、で、私は、自分なりに海外で生活をしてみて、日本よりも格段に安くて生活が出来ることを身を持って体験した。
 タイのチャンマイでは、年間100万円で(今円安になってはいるが、それでも、150万円以内と思われる)、いいコンドミニアムに住んで、メイドさんも雇って、食事も作ってもらって、いい生活が本当に出来る。しかし、実際にそこに住んでみると分かることだが、それだけでは、そんな生活にその内に飽いてしまう。やはり、その地域の人達と同じモノを食べ、同じ様な生活が出来ないと、まずい。つまり、日本で赤の他人とのコミュニケーションをとることが根っから苦手な人は、難しい。それに、最低限の言葉は、どうしても必要となる。
 人を介すと、必ず、(その人達の仲介のお金も払う為に)高くなる。日本からのインターネットでは、それなりに高くなっている。となると、現地に行って一人で行動するしかない。しかし、現地の日本人には、注意が必要で、全く無償で世話をしてくれる人がいればそれに越したことはないが、その例は、少ないと思っていた方がいい。
 タイのチャンマイでは、現地の人が行くスーパーで食べ物を買っていた。スーパーで売られているのは、比較的安全な感じであったが、それなりに高かった(と言っても、日本よりは、格段に安いが)。日本食と言うだけで、タイ食の倍以上の値段が付いていた。屋台は、衛生面で問題があり、日本の様にしっかりとした農薬などの規正がないので、確かに安いが、私はあまり勧めたくない。
 インドネシアのバリでは、(デンパサールの周辺などでは)もっと安くなる。しかし、英語があまり通じないので、インドネシア語の不得意な人は、初めから安価な生活は難しいと思われるが、インドネシア語自体が習得しやすい言語なので、覚える気になれば、1年も経たずして、言葉の不自由はさほどないと思われる。
 大学に行くのにお金がないと言う人がいたら、東南アジアに行くのも、一理ある。現に、月に3万以下で生活して中国の大学を卒業した人や、(中国よりは高いが)韓国の大学を卒業した人を知っている。しかし、アメリカは、(自分の娘で経験したが、日本より)安くない。
 よく分からないままインターネットで調べて、お金を前もって払って語学の学校に行く人が多いかと思うが、これは、それなりに高額になっている。世話をする人の分、仲介する人の分が入っているから。特に、日本人を介していると、高くなる。需要と供給の関係で、実際に現地に行ってみると、それなりに出来るケーズが多い。私の場合、タイ語の先生は、電柱に貼っている紙で見つけた。一体、どんな人が来るのか心配だったが、チャンマイ大学を出たインテリの若い男性で、マンツ一マンで30回近く(英語を介して教わり)教わり、チャンマイにある語学学校(そこでも数回教わったが)での学費の半分で済んだ。そして、1ヶ月半余経って帰る時には、殆どタイ語を話していた(それまでに、日本でタイ人から約1年間程マンツーマンで教わっていたせいもあるが)。
 釜山に行った時も、前もって予約した大学でも(午前中、大学院生から)教わったのだが、それと平行して、そこにあった個人の語学学校(カナタ韓国語学院)でマンツ一マンで教わり、初級(2冊)・中級(2冊)・上級(2冊)の本の初級(2冊)が3週間足らずで全て終わった(予習を死に物狂いでしたが)。
 語学は、積み重ねの学問。年単位でしないと、身に付かない。実際に現地に行くこと、周りに出来るだけ日本人がいないこと、困ること、それで確実に身に付いて行くと思う。歳を取ると、やはり、このことは出来にくい様です。

*で、やはり、若い時に、短期間でも一人で海外生活をして、そのアレルギ一をなくしておくことが大切かとも思います。私の場合は、55歳~56歳で、ぎりぎりって感じでしたが(もちろん、個人差はあるかと思います)?


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お金で買えないもの

2007-06-28 12:39:25 | Weblog
 今の世の中、お金って感じになっている気がしないでもない。しかし、お金で買えないものが沢山あること、人間にとって幸せだと思う。自分なりに、お金で買えないものを考えてみた。
 ・過ぎ行く時間(誰しも、1日に24時間与えられている)
 ・自然(人間の力なんて、自然の力と比べれば、微々たるもの)
 ・見えないもの(神・魂・心)
 ・仏教で言う生病老死(人は、どんなに生きても、平均寿命の倍も生きられない)
 ・血縁の子ども(自分を生んだ親は必ずいても、子どもは、神の授かりもの、子どもが出来なくて悩んでいる人が多くなっている)
 ・真の愛(お金の結び付きではないと思う)、真の友達(共感しないと出来ないかな?)、真の喜び(苦労しないと生まれないかな?)、無償の愛

 まあ、いろんな意見はあるとは思いますが・・・・?!
 家内の老後の分は残しても、自分の子どもには、お金や財産は残さないことにしています。



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為になるかも知れない本(その132)

2007-06-28 06:44:14 | Weblog
○昭和52年3月22日(火)晴。(今から、30年前の日記からのものです)
 点頭てんかんの患者さんを受け持った。持ちたかった疾患だ。脳波を見たら、ウェスト症候群よりもレノックス症候群って感じがしないでもない?ACTHが効けばいいが。白血病の子、治療で白血球が少なくなっていなければいいが、少しドキドキだ。髄膜炎の子、ルンバ一ルが又も一度で入った。ナ一スもびっくしている。とても嬉しい。細胞数は、15になっていた。神様、明日もいい日であります様に。
○昭和52年3月24日(木)晴。
 どかどかっと○○ベビ一(先天性奇形症候群)の父親を含む4人が心臓外来の時にふいにやって来て、「どうかして欲しい」という感じでせまってきた。僕は、医者は生かすことは知っていてもその反対のことは出来ないと言った。全く頭が痛い。父親は僕に対して反感を抱いている。以前よりも増して。
○昭和52年3月25日(金)晴。
 ○○ベビ一の母親と会った。とても優しそうな人だったが、「どうかして下さい(生かさないで下さいの意味)」と言う。でも僕は頑固として言った。「生きようとしている子どもにそんなことが出来ますか」と。○○ベビ一、心疾患があるのに、以前よりも元気になっている。僕の立場も苦しい。
○昭和52年3月26日(土)晴。
 抄読会、面白くなかった。睡眠不足がたたっている。きつい。○○ベビ一のことを今日も真剣に考えた。「私達に苦労を押しつけるのですか」と言った父親の言葉が頭から離れない。

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