何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

夢が''虚''に食い尽くされる前に

2016-06-02 23:54:17 | 
「「虚」「世」よ、震えて眠れ」のつづき

「犯人に告ぐ2」(雫井修介)は、『振り込め詐欺をはじめとする特殊詐欺の被害は、今や年間で数百億に達しているという。それはもう、一つに産業であり、一種の経済といってもいい規模だ』と書いているので検索してみると、昨年2015年の被害額は約476億8200万円(最悪は14年の約565億5100万円)というから驚きだ。これを、徹底した事前準備のもと徹底した分業化で運営しているのだから、そこに従事している人間が『(一種の経済と言ってもいい規模の特殊詐欺の世界に)束の間身を置き、その世界なりの労働をして、分配にあずかる。つまりそれだけのこと』と嘯くのも止むを得まい。

組織だった詐欺活動がこれほど横行してしまうところに、我が国が抱える問題の根っこがあるように思われるのは、「嘘」「偽」「虚」が横行しているのが犯罪組織に限らないからだ。
耐震偽装に食品偽装、記憶に新しいところでは建設関連のデータ偽装や燃費偽装などなど、今年の一字に「偽」が選ばれる年があるほどに、この数年、正業でも「偽」で溢れかえっている。

実体はないのに真実ではないのに、欲にかられた人間が、データーを操作しパッケージを飾りたて見せかけだけを取り繕い、真実なもの実体あるものに取って代わろうとするのは、上から下まで近年我が国のトレンドのようだが、「それではイカン」と書く本を思い出した。
「下町ロケット2 ガウディ計画」(池井戸潤)
「下町ロケット」で大企業や銀行から嫌がらせを受けながらもロケット部品を完成させ大手の鼻を明かした中小企業の佃製作所が、本作では心臓人工弁の製作に挑戦するが、同じく中小企業ながらもNASA帰りの社長率いるサヤマ製作所に、研究員は引き抜かれるわ取引は奪われるわ、きりきり舞いさせられる。
一時は万事休すというところまで追いつめられる佃製作所が起死回生するのは、腐らず研究をつづけ高性能の品質を製作し続けたことによる逆転満塁ホームランというよりは、敵失といった方がよい。
そして、その敵失の中身こそが、サヤマ製作所のデーター偽装の発覚なのだ。

こう書きながらも、人間家業を長年続けている身としては「最後には正義が勝つ」などという甘い夢はもっていない、「偽」「嘘」「虚」が跋扈する世の中なので、そうそうこちらに都合よく敵の偽装が発覚することがないことは承知しているが、せめて物語のなかだけでも正義には勝って欲しいし、そこからヒントを得たいとは思っている。

気持ちよく勝ち、気持ちよく負けるためのヒントとは。
『今時誠実さとか、ひたむきさなんていったら古い人間って笑われるかもしれないけど、
 結局のところ、最後の拠り所はそこしかねえんだよ。』
『仕事に夢がなくなってしまったら、ただの金儲けです。それじゃあつまらない。違いますか。』

夢も無くただの金儲けのために偽装の数々に手を染めても、『過ちに気づいたところでスジを通さない奴は、絶対に生き残れない。姑息な了見が通るほど、世の中って甘くないんだよ』と佃社長は言っているし、「犯人に告ぐ2」の詐欺犯も『信じられない様な金を一気に手にしてしまうと、身の丈に合わない様な買い物をしてしまう気持ちは知樹(詐欺犯)にもよく分かる。それは犯罪で手に入れた金だからか、単に大金だからかは分からない。とにかく、自分の今までの価値観が崩れ、精神のバランスがおかしくなってしまうのだ。自分の気持ちを安定させるには、結局のところ、その金を使ってしまうのが一番である。将来のためにといって全てを貯め込んでおくのは、なかなか難しいことだ。』と言っている。

「夢に向かって誠実にひたむきに頑張る先に道が拓ける」という池井戸マインドは大好きだし(参照、「三階建ての夢」)、「犯人に告ぐ2」がいう「悪銭身に付かず」も確かだとは思うが、「嘘」「偽」「虚」が本物を圧迫しているのを見過ぎたためか、今日の私はなかなか素直に受け入れられない。
だが、「嘘からでた実」のようなニュースを見れば、まだまだ捨てたものじゃないなと嬉しくなる。

<スズキの不正燃費測定14車種、正しく測定すれば燃費はもっと良かった> MONOist 6月1日(水)6時25分配信
スズキは2016年5月31日、国土交通省で会見を開き、国の法令に沿わない不正な方法で走行抵抗値を測定した車種の燃費に関して、社内で正規に測定し直した結果を公表した。正規の走行抵抗値を用いた燃費は、不正な測定手法による走行抵抗値に基づいて発表してきたJC08モード燃費より平均で1.6%良好だった。つまり、正しく測定していればもっと良好な燃費を発表できていたことになる。同社 会長の鈴木修氏らは「法令に沿わない業務を続けてきたことは不正だ」と認めつつも、燃費を良く見せるために法令を無視したわけではないという姿勢を貫いた。


データーをきれいに揃えたりパッケージに美しい嘘を並べても、結局それを見破るのは人の感覚かもしれない。

車を運転していると、目の前の画面に瞬間燃費や継続燃費が表示されているが、それがカタログ通りだったことはないし、まして走行距離を消費ガソリンで割ったものに合致したためしなど一度もないが、そんなものだと思っていた。
が、スズキに乗る人は、感覚的に誤差が少ないとよく言っていた。
高級料亭で舌鼓をうつ機会はあまりないので、その食材偽装は見抜けなかったが、あるとき有名高級ホテルで飲んだフレッシュジュースは不味かった、不味いと感じる自分の舌がビンボーなのかと思ったが、不味かった。すると後日その某有名高級ホテルのそれが表示偽装だと発覚した。
カタログの数字やデジタル表示より、勿体ぶったメニューに書かれた飾り文字より、人間の感覚を信用した方が良いのかもしれない。

そのためには、感覚を磨かねばならない。
正しいもの実のあるものを、正しく見極められるように、自分の感覚を研ぎ澄まさなければならないと思っている。


参照、振り込め詐欺など特殊詐欺の被害額推移 ttp://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_tyosa-jikenfurikome

追記
たった二か月前に、「嘘」と「偽装」について書いていたことを忘れていたが、「偽装からは実はでない」 で、「一片の共感もない’’嘘’’とは、実態を偽り実態以上に見せかけることで騙す「偽装」ではないか」「嘘から実がでることはあっても、偽装から実がでることはない」と書いている。
私の定義によると、スズキは偽装ではなく「嘘」をついたことになる。
「嘘」だからこそ「実」がでたのかもしれないが、法令順守と云う点において「不正」があったことも確かである。ただ、なぜスズキが「嘘」をついてしまったのか、そこを解明することこそが重要なのではないかと思っている。