何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

再起動せよ

2016-06-30 19:50:01 | 
先週、腹痛と吐き気で休養せざるをえなくなったとき、「ミッション建国」(楡周平)のなかの「余人を以て替え難いなんて仕事はねえからな」という言葉が浮かんで憂鬱になったが、考えてみれば、かれこれ16年ほど前、総理が倒れたという突然のニュースに驚いていたら、今度は、病室だか議員会館だか赤坂の料亭だかで次の総理が決まったというニュースに再度驚かされるということがあったくらいなので、まっこと替えの効かない仕事など、ない。
そんなことを思いながら「リブート」(福田和代)を読んでいたので、関心の向きも仕事との関わり方になったが、そもそも本書が扱う「銀行のシステム」という分野にとんと疎いので、人間模様に視点を合わせざるをえない、というのが正直なところだ。

本の帯より
『東邦銀行と合併し、ひびき銀行となった明徳銀行。二行を結ぶ「リンカー」システムの保守を担当する横田は、深夜の電話に起こされた。「リンカー」のサーバーがダウンしたのだ。誤振込が起き、取引が途中でキャンセルするタイムアウトも発生。懸命の復旧作業も実らず、ATMにはエラーメッセージが・・・・・。』

作者の福田和代氏は、神戸大工学部を卒業後、システムエンジニアとして銀行に勤務したという経歴を有するので、本書で次々おこるトラブルとそれに対応するSM(システムエンジニア)の奮闘ぶりが臨場感をもって書かれている。
残業につぐ残業で連日帰宅が11時を過ぎ、就寝が日付が変わった頃であっても、一たびシステムにエラーがでれば、寝入り端であろうと丑三つ時であろうと、家を飛び出し会社へ向かわねばならないのは、大方のシステムが動き始める開局時(am9)には復旧させなければならないからだ。それは、銀行利用客に迷惑をかけてはならないというだけでなく、『システムの不備で起きた事(例えばATMが止まる)を金融不安だと誤解され、極端なことを言えば取り付け騒ぎなどに発展する可能性もある』ことから、現場は絶えず緊張しているのだ。

ただでさえ銀行のシステム管理部門の空気は張りつめているが、本書は東の東邦銀行と西の明徳銀行が合併したばかりで、それぞれの勘定系システムを統合させていく過程であるので、業務としても、それに関わる人間模様としても複雑だ。
東邦銀行のシステム管理のPM(プロジェクトマネージャー)の仲瀬川は、勘定系統合で一番重要なシステムの開発・保守を担当しているという責任感と自負から、『必要なものは必要だと大きな声で言い、自分のプロジェクトはきっちり守る』という姿勢を貫いている。それは、タクシー代の請求と云う予算配分から、自らは新人教育を一切せずに他所の部署が育てた一番の腕利きを強引に引っ張ってくるという人事にまで及ぶため、他の部署やpmからの評判はすこぶる悪い。しかし、重要システムを管理する仲瀬川は寧ろ、『それができない人間は、ただのお人よしだ』と思っている。

この東邦銀行系の仲瀬川に言わせれば、明徳銀行系のPM横田は究極のお人よしということになる。
横田は緊急時の対応でも仕事の割り振りでも、まず自分が泥を被ろうとするが、それは横田のチームで腕が見込めるSMはたった一人だということも原因ではある。あとは、腕はそこそこでも余暇を楽しむタイプの者や、そこそこの腕にも達してないのに調子がいいばかりで向学心がない者や、やる気はあってもまだまだ半人前という者ばかりなので、一たびシステムトラブルが起これば、上へ下への大騒動になる。しかし、若手を育てることの重要性を感じている横田は、率先して問題に当たりながらも、任せられるところは若手に任せ、大騒動しながらも幾つものトラブルを解決していく。

これほど対照的なPMが、東と西で昼夜を分かたず反発しながらもシステムの完全統合を目指して協力していくなかで、自分に欠けているものを相手の中に見つけ認めて成長していくところが、気持ちよい。

このPMの成長という点に殊更注目して読んだのは、私自身が二人のタイプの中途半端なところを脱却できずにいるからだと思う。
持ち出しも持ち帰りも厭わずコツコツ地道にする(しか能がないともいう)というところは横田タイプなのだが、人に任せるということができないという欠点がある。
人に任せて、進捗状況が掴めなかったり、思いがけない事態になるくらいなら、不眠不休でも自分でやってしまおうと思うのだが・・・・・それでは後輩が育たないと、これまで何度か指摘されてきた。

長年のやり方を改めることは難しい。
だが、本書には、前向きになれる言葉がある。
『初期化(リセット)するわけじゃない。再起動(リブート)するのだ。
 -つまずいても、また立ち上がればそれでいい。
 何度でも、何度でも。』

「九転び十起き」が座右の銘の「あさが来た」のあささんには遠く、「十転び七起き」といった私だが、本書にある『3千メートル級の山であっても、一歩ずつ登ればいつかは頂上に辿り着く』を信条に、一歩一歩、歩いていくしかないと思っている。