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He who laughs last laughs best

ミッション 崩壊

2016-06-19 23:13:17 | 
「バラカ」(桐野夏生)「この日のために」(幸田真音)に続き、グロッキー三部作の最後を飾るのは「ミッション建国」(楡周平)だ。

本書は政策提言型小説というだけあって、極めて具体的な数字を示しながら日本の現状と問題点が語られ、又それを提示する登場人物のモデルが容易に想像できるために現実味があり、疲れる。

大方の内容は想像できてしまうという、本の帯。(『 』引用)
『日本を滅ばすのは、外圧でも戦争でもない。
 人口減少こそ最大の国難だ!
 移民の受け入れでは問題は解決しない』
『政界の大御所から、将来の国のあり方を考えて欲しいといわれた甲斐孝輔。改憲も必要だが、国民がいなくなったのでは国がもたない。早急に打開策を見出さなければならないのは少子化なのだ……。時間がない! 無関心でいいのか! !
若い官僚や政治家と組んで勉強会を立ち上げた甲斐孝輔は、オリンピック選手村の子育て住宅への転用、大規模オンライン講座MOOCの活用、第二新卒構想……と政策を練り上げるが、党の重鎮からは「若造が何を」と横やりが。甲斐孝輔は東京都知事に圧力をかける。』

政界の大御所がロン・ヤスのヤスさんなら、ヤスさんから国の将来を託されるのは、最後にはプレスリーに扮して大統領を笑わせた元総理の息子にして現在の青年局長といった登場人物。

本書の冒頭、90をこえて尚意気軒昂なヤス氏は、日本の将来を憂い、若き青年局長を軽井沢の別荘に呼びつけ、あらゆる問題の根幹となる人口減少問題に関する政策を考えるよう命じる。
『いまのままでは、間違いなくこの国は行き詰まる』
『早急に打開策を見出さなければならないのは、少子化問題だ』
『憲法改正を目指すのは結構だ。しかし、肝心の日本人がいなくなってしまったのでは意味がない。人がいてこその国家、憲法だ。今の政治がまず目指さなければならないのは、国民が安心して子供を産み育て、労働に勤しむことが出来る社会を造り上げることだ』

超少子高齢化問題は、年金・医療・介護などの社会保障問題との関連ばかりで問題とされるが、あらゆる問題の根底にそれがある。
流動的な雇用体系への移行・不安定な経済情勢は、優秀な労働人口の流出や消費者の激減という負の連鎖がある。
また、現在着々を予算を喰っている大震災を言い訳に国土強靭化とお題目をつけての大型公共事も、一時雇用を生むとしても長期的には地方の人口減少に役立たないことは過去のバラ巻き政策の例を見ても確かであり、特にリニアについては高速鉄道の輸出という利点よりも、コスト・維持費の問題点の方がはるかに大きく、さらに完成したとしても激減している利用者の食い合いで費用対効果は皆無だと本書は強く指摘している。

ニュースで聞くまでもなく身近に問題となっている老人ホーム待機問題にも人口減少問題は絡んでくる。現在は圧倒的に不足している特養であっても、人口減少社会ではいずれ老人すらも減少に転じるので、現在の要求にあわせて施設を建設するわけにもいかないし、勿論それを賄うだけの社会保障費もない。だからこその、改正憲法24条の「家族」条項だと本書はいう。
最近ニュースを賑わせた鹿児島県知事の「女性はサイン・コサインを学ぶより花でも見ていろ」や、大阪の中学校校長の「女性にとって大切なのは子供を二人以上産むこと、その後(行きたければ)大学へ行け」は、少子化問題を憂いながらも有効な手立てをとらず言葉だけ踊らせている政治が言えない本音なのだろう、本書でも、女性は大学に行かず二十歳そこそこで第一子を産み、子育てを終えた40歳から第二新卒として働けばよい、と提言している。

これらの問題を、「新しい国の形」を考える若き青年局長が論点整理する過程で、数字をもって示していく。(『 』引用)
『今後50年間で、出産可能性の高い25歳から39歳までの女性が6割も減少し、未成年も5割減るとされていることです。つまり、次世代を産む人口の絶対数が激減するんです。~略~特殊出生率1,41これは人口を維持しるだけでも、ほど遠い数字です』
『第一、13年度税収が43,1兆円。公務員の人件費は、財務省が公表している額で、26,9兆円。国債の償還金額が20兆円ですよ。これは言わば国の固定費です。本来の予算原資、固定費だけで上回る。まして、負債は今後増えることがあっても減ることなんて、今の仕組みでは期待できない。これで、どうして国が成り立ちますか。破綻するに決まってるじゃないですか』
『債務残高は、終戦時のレベルを超えて過去最高。一般会計予算に占める社会保障費が30%。高齢人口が、今後激増することを考えれば、現在の年金、医療、介護サービスの水準を維持しようとするなら、毎年一兆円規模で増額し続ける・・・・・』
『年金制度ができたのが1957年、当時の平均寿命は、男性65歳、女性70歳。それが今や、男性79歳、女性86歳を超しているんです。支給開始年齢を引き下げることになったうえに、支給額の減額が検討されているのは、そうでもしなければ年金制度が破綻しちゃうからじゃないですか』 

ここで指摘されている深刻な状況は多くの国民が既に知っている。
年金積立金は年に6兆円の規模で取り崩され財源が尽きるのはもはや時間の問題だということも、年金削減・支給開始年齢延期が既に実施されていることにより身に沁みて分かっている。

よって、今更深刻な問題を数字を示して羅列されたからといえ、それを読んだだけでは、これほど気分は悪くならない。

本書で感じる不安は、その解決方法をどこに求めるかと言う点にあり、それが本書の冒頭に集約されているように感じられることにある。

ヤスさんは若き青年局長に、「新しい国の形」を考えよと命じるなかで極めて不穏当なことを語っている。
『少子化、雇用基礎、強い経済。これらの問題を今の社会構造の延長線上で、解決するのは極めて困難だ。だがね、一度崩壊したとなれば話は違ってくる。都市計画と同じだ。道路一つ通すにも、既住者を立ち退かせ、区画整理をしていたんじゃ時間もかかる。むしろ、何もかも奇麗さっぱり壊れてしまえば、理想的な街が造れる』
『経済が崩壊したからといって、人が絶えてしまうわけではない。生きていく限り、生活の糧を得るべく、人は働き続けなければならない。そして、そこに産業が生まれる。
戦後の日本が歩んできた道が、まさにそうだったのだ。
国土が焦土と化し、国家体制も経済も、完膚なきまでに叩きのめされたにもかかわらず、闇市が立ち、会社が設立され、やがて世界第二位の経済大国へと発展を遂げたのだ。
体制の崩壊、戦争、経済危機と原因は様々なれど、崩壊と再生は表裏一体。それを繰り返しながら、今日に至ったのが人類の歴史である。
崩壊の時が来る。しかし、それは再生の始まりでもある。』

・・・本書は、一度崩壊した方が、綺麗さっぱり壊れてしまった方が、理想が実現しやすいと言っている。
確かに、崩壊は再生の始まりでもあるかもしれないが、そこに取り残される人の痛み、その間を掻い潜って生きなければならない人の痛みへの情は感じられない。
『人がいてこその国家、憲法だ』だからこそ少子化問題に取り組めと発破をかけながら、実際にはそこに生きる人ではなく、器としての国家しか見ていないように思えるのだ。
もっとも器についてだけでも、大局的見地から問題を指摘してくれる大御所がいるだけマシかもしれない、この期に及んで世は「町長選挙」に明け暮れているのだから。

グロッキーは解消されないままに、終わる。