「バラカ」(桐野夏生)・「ミッション建国」(楡周平)・「この日のために」(幸田真音)三冊一気読みでグロッキーになった続きを書くつもりだったが、また別の意味でくたびれるニュースがあったので、先ずはそれを記録しておく。
「いらっしゃ~い」の声掛けとともに、掛かりつけの歯科医は診察台の患者に機嫌よく近づいてくる。
歯科医院というのは独特に緊張するので、和やかな対応が悪いとは言わないが、腕は悪くないのだから、もう少し毅然とした対応の方が良いのではないかと思ったり、コンビニよりも多い歯医者と云われる昨今にあっては「医も算術か」と思ったりする今日のこの頃、奥田英朗氏の先見の明に舌を巻いている。
そう、奥田氏の精神科医・伊良部シリーズのあの伊良部は「いらっしゃ~い」の言葉で患者を出迎える。
日本医師会の重鎮を父に持つ伊良部は、別に患者に媚を売るために「いらっしゃ~い」と嬌声を張り上げるわけではなく、40を過ぎても語尾は「だよ~ん」であり、「ぐふふ」と含み笑いする変な奴という設定なのだが、初版2002年には変人キャラの小道具「いらっしゃ~い」が今ではすっかり市民権を得てしまっているあたりに、奥田氏の先見の明を感じているのだ(苦笑)。
そして、選挙の度に思い出すのが「町長選挙」(奥田英朗)だ。
「町長選挙」は4作の短編からなる短編集で、「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」は誰が読んでも「あの人がモデル」とハッキリ分かる作品だが、表題作の「町長選挙」だけが、モデルとなる選挙や政治家がパッとは浮かばない。この「パッとは浮かばない」のがミソで、パッと浮かばないために、どの選挙にも政治家にも通じる一般性を持ち得ているのだ。
「町長選挙」
東京から船を乗り継いで数時間という離島で4年に一度繰り広げられる壮絶な選挙が、この物語の舞台である。
候補者と有権者ほぼ全て顔見知りという狭い選挙区で、農家陣営と土建屋陣営が毎回死闘を繰り広げるのだが、そこへ新顔の東京都の職員と伊良部が赴任してきたのだから、大騒ぎとなる。
狭い島では、農家か土建屋のどちらにつくか、どちらが勝つかによって、選挙後の構図は大きく異なるので、島外からの有権者(都職員と伊良部)の清き一票の行方は、候補者だけでなく島民の大きな関心事となり、接待攻勢をかけるわ実弾(賄賂)を掴ませようとするわの大騒動。
これに真面目に戸惑ったり憤慨する都職員に、伊良部は「貰えるものは、貰っちゃえ」と嗾け、また都職員の心も少なからず揺れるあたりは読んでいても面白いが、実は一番つかみどころがないのが、この島に一番長く住んでいる老人たちだ。
老人たちは「最終的にみて、自分達に一番利益をもたらす人に投票する」と言って態度を表明しないから、毎回毎回選挙のたびに接待・実弾攻撃のデッドヒートが繰り広げられるのだが、それには深い理由があるのだという。
『この千寿は過疎の島じゃ。資源もなく、財源も乏しく、普通なら全員が貧乏じゃ。
でもな、曲がりなりにもインフラが整備された文化生活を送れるのは選挙があるからなんじゃ。
無風選挙なら町長は何もせん。役場も楽をする。
数票差でひっくり返る宿敵がおるから、死に物狂いで公共事業を引っ張ってくるんじゃ。それが独自の公約じゃ。
正義感だけで離島は運営できん。不正は正当防衛じゃ。
生まれたときから当然のように病院や学校がある東京者にはわからん』
『わしらは全員、島を愛しとる。そのうえで戦うんじゃ』
この言葉に、両陣営の男たちがうなずく。
敵同士でありながら、この言葉と思いだけは共有している両陣営が、一瞬しんみりしながらも次の瞬間にはデッドヒートを繰り広げる「町長選挙」。
この真剣さと一抹のうらさびしさをコミカルに描く「町長選挙」を笑ってばかりもいられない。
何もしなければインフラが整わない離島ならいざ知らず、日本全国津々浦々「不正は正当防衛じゃ」と死に物狂いで公共事業を引っ張りまくった結果が国債1000兆だとすれば、ここらで真剣に考えなければトンデモナイことになる。それが分かっていながら、首都・東京が町長選挙に突入しようとしている。
<ポスト舛添氏に蓮舫氏、橋下氏、谷亮子氏ら 嵐・櫻井の父の名前も>スポニチアネックス 6月15日(水)11時35分配信より一部引用
東京都の舛添要一知事(67)が15日、川井重勇議長に辞職願を提出した。辞職後は50日以内に知事選が行われる。舛添知事は再出馬が可能。 辞職は21日付。
前回に続き又も任期半ばにして金銭疑惑による辞職。
「有権者以上の政治家は生まれない」が真実ならば我々にも責任はあるだろう。
誰を選んでも同じ、誰が選んでも同じだと嘯いて同じことを繰り返すのなら、いっそ「町長選挙」と同じ方法で選ぶのも悪くはないかもしれないと思っている。
「いらっしゃ~い」の声掛けとともに、掛かりつけの歯科医は診察台の患者に機嫌よく近づいてくる。
歯科医院というのは独特に緊張するので、和やかな対応が悪いとは言わないが、腕は悪くないのだから、もう少し毅然とした対応の方が良いのではないかと思ったり、コンビニよりも多い歯医者と云われる昨今にあっては「医も算術か」と思ったりする今日のこの頃、奥田英朗氏の先見の明に舌を巻いている。
そう、奥田氏の精神科医・伊良部シリーズのあの伊良部は「いらっしゃ~い」の言葉で患者を出迎える。
日本医師会の重鎮を父に持つ伊良部は、別に患者に媚を売るために「いらっしゃ~い」と嬌声を張り上げるわけではなく、40を過ぎても語尾は「だよ~ん」であり、「ぐふふ」と含み笑いする変な奴という設定なのだが、初版2002年には変人キャラの小道具「いらっしゃ~い」が今ではすっかり市民権を得てしまっているあたりに、奥田氏の先見の明を感じているのだ(苦笑)。
そして、選挙の度に思い出すのが「町長選挙」(奥田英朗)だ。
「町長選挙」は4作の短編からなる短編集で、「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」は誰が読んでも「あの人がモデル」とハッキリ分かる作品だが、表題作の「町長選挙」だけが、モデルとなる選挙や政治家がパッとは浮かばない。この「パッとは浮かばない」のがミソで、パッと浮かばないために、どの選挙にも政治家にも通じる一般性を持ち得ているのだ。
「町長選挙」
東京から船を乗り継いで数時間という離島で4年に一度繰り広げられる壮絶な選挙が、この物語の舞台である。
候補者と有権者ほぼ全て顔見知りという狭い選挙区で、農家陣営と土建屋陣営が毎回死闘を繰り広げるのだが、そこへ新顔の東京都の職員と伊良部が赴任してきたのだから、大騒ぎとなる。
狭い島では、農家か土建屋のどちらにつくか、どちらが勝つかによって、選挙後の構図は大きく異なるので、島外からの有権者(都職員と伊良部)の清き一票の行方は、候補者だけでなく島民の大きな関心事となり、接待攻勢をかけるわ実弾(賄賂)を掴ませようとするわの大騒動。
これに真面目に戸惑ったり憤慨する都職員に、伊良部は「貰えるものは、貰っちゃえ」と嗾け、また都職員の心も少なからず揺れるあたりは読んでいても面白いが、実は一番つかみどころがないのが、この島に一番長く住んでいる老人たちだ。
老人たちは「最終的にみて、自分達に一番利益をもたらす人に投票する」と言って態度を表明しないから、毎回毎回選挙のたびに接待・実弾攻撃のデッドヒートが繰り広げられるのだが、それには深い理由があるのだという。
『この千寿は過疎の島じゃ。資源もなく、財源も乏しく、普通なら全員が貧乏じゃ。
でもな、曲がりなりにもインフラが整備された文化生活を送れるのは選挙があるからなんじゃ。
無風選挙なら町長は何もせん。役場も楽をする。
数票差でひっくり返る宿敵がおるから、死に物狂いで公共事業を引っ張ってくるんじゃ。それが独自の公約じゃ。
正義感だけで離島は運営できん。不正は正当防衛じゃ。
生まれたときから当然のように病院や学校がある東京者にはわからん』
『わしらは全員、島を愛しとる。そのうえで戦うんじゃ』
この言葉に、両陣営の男たちがうなずく。
敵同士でありながら、この言葉と思いだけは共有している両陣営が、一瞬しんみりしながらも次の瞬間にはデッドヒートを繰り広げる「町長選挙」。
この真剣さと一抹のうらさびしさをコミカルに描く「町長選挙」を笑ってばかりもいられない。
何もしなければインフラが整わない離島ならいざ知らず、日本全国津々浦々「不正は正当防衛じゃ」と死に物狂いで公共事業を引っ張りまくった結果が国債1000兆だとすれば、ここらで真剣に考えなければトンデモナイことになる。それが分かっていながら、首都・東京が町長選挙に突入しようとしている。
<ポスト舛添氏に蓮舫氏、橋下氏、谷亮子氏ら 嵐・櫻井の父の名前も>スポニチアネックス 6月15日(水)11時35分配信より一部引用
東京都の舛添要一知事(67)が15日、川井重勇議長に辞職願を提出した。辞職後は50日以内に知事選が行われる。舛添知事は再出馬が可能。 辞職は21日付。
前回に続き又も任期半ばにして金銭疑惑による辞職。
「有権者以上の政治家は生まれない」が真実ならば我々にも責任はあるだろう。
誰を選んでも同じ、誰が選んでも同じだと嘯いて同じことを繰り返すのなら、いっそ「町長選挙」と同じ方法で選ぶのも悪くはないかもしれないと思っている。