この坂は小石川植物園の入り口横の御殿坂
白っぽい石の塀と茶色のフェンスは近年新しくなりました。坂を下って画像左に行くと入り口があります。
歩道のほうにはみ出るように伸びている大きな木がフクロミモクゲンジです。ムクロジ科モクゲンジ属
袋状の果実の花が咲いたように見えました。
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園内に入って大木のそばまで行って写したもの
時間経過で見ると左上が若い果実(ピンク色をしている) やがて右のように色があせてくる
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木の下は落ちた果実で埋め尽くされていました。
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枝ごと落ちているのもいっぱい!うっすらと横縞模様入りでふわっとしてる!
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袋の中を開けてみると! まだ熟していないうす緑の若い種子がありました。
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こっちはほどよく熟し気味♪ 丸薬みたいに見えてきました
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※小石川植物園の不思議なつながり
前回の朝ドラに関係して白蓮さん(宮崎子”あきこ”)に関する本を読みあさっていたところ彼女のご主人の宮崎龍介さんの
回想文も載っていました。「ひとつの思い出」と題して龍介さん自身が書き留めたものです。
明治42年(1911年) 75年の周期で現れるハレー彗星の出る夏のある日
当時龍介の父親滔天の寓居(ぐうきょ 仮住まい)では中国の民主革命家の孫文が滞在しており龍介の父親の滔天(とうてん)と共に
革命の企画などにとりかかろうとしていた。
孫文の同志の一人がスパイの容疑をかけられ警戒していた折り滔天は龍介(当時は高校生)に孫文を連れて裏口から出て3,4時間
歩いてくるよう言い渡す。二人は小石川の家を出て白山神社の境内に入りしばらく時間をつぶす
そのときの会話での龍介の言葉・・・「すばらしい彗星が出て革命を祝福しています。革命は必ず成就するでしょう」
白山神社を出て東洋大学正門前のミルクホールで牛乳を飲み食パンを食べる
それから更にあちこち歩いて植物園の裏通りの暗がりを通って夜遅くに家へ帰る※
その当時から小石川植物園は変わらずそこにあり周りの状況もほぼ当時のままだと思うとその地の空気に急に親しみがわくように感じます。
ハレーすい星・孫文氏と小石川散歩の年は、はからずも白蓮さんが伊藤伝衛門さんと結婚された年でした。
それから10年足らず後 龍介さん・子さんの二人が運命の出会いをするのが大正9年(1920)
熱情パワーが降り注ぐことを夢見て散歩にも力が入りそうと強引な感慨を抱くのでした。
白っぽい石の塀と茶色のフェンスは近年新しくなりました。坂を下って画像左に行くと入り口があります。
歩道のほうにはみ出るように伸びている大きな木がフクロミモクゲンジです。ムクロジ科モクゲンジ属
袋状の果実の花が咲いたように見えました。
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園内に入って大木のそばまで行って写したもの
時間経過で見ると左上が若い果実(ピンク色をしている) やがて右のように色があせてくる
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木の下は落ちた果実で埋め尽くされていました。
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枝ごと落ちているのもいっぱい!うっすらと横縞模様入りでふわっとしてる!
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袋の中を開けてみると! まだ熟していないうす緑の若い種子がありました。
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こっちはほどよく熟し気味♪ 丸薬みたいに見えてきました
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※小石川植物園の不思議なつながり
前回の朝ドラに関係して白蓮さん(宮崎子”あきこ”)に関する本を読みあさっていたところ彼女のご主人の宮崎龍介さんの
回想文も載っていました。「ひとつの思い出」と題して龍介さん自身が書き留めたものです。
明治42年(1911年) 75年の周期で現れるハレー彗星の出る夏のある日
当時龍介の父親滔天の寓居(ぐうきょ 仮住まい)では中国の民主革命家の孫文が滞在しており龍介の父親の滔天(とうてん)と共に
革命の企画などにとりかかろうとしていた。
孫文の同志の一人がスパイの容疑をかけられ警戒していた折り滔天は龍介(当時は高校生)に孫文を連れて裏口から出て3,4時間
歩いてくるよう言い渡す。二人は小石川の家を出て白山神社の境内に入りしばらく時間をつぶす
そのときの会話での龍介の言葉・・・「すばらしい彗星が出て革命を祝福しています。革命は必ず成就するでしょう」
白山神社を出て東洋大学正門前のミルクホールで牛乳を飲み食パンを食べる
それから更にあちこち歩いて植物園の裏通りの暗がりを通って夜遅くに家へ帰る※
その当時から小石川植物園は変わらずそこにあり周りの状況もほぼ当時のままだと思うとその地の空気に急に親しみがわくように感じます。
ハレーすい星・孫文氏と小石川散歩の年は、はからずも白蓮さんが伊藤伝衛門さんと結婚された年でした。
それから10年足らず後 龍介さん・子さんの二人が運命の出会いをするのが大正9年(1920)
熱情パワーが降り注ぐことを夢見て散歩にも力が入りそうと強引な感慨を抱くのでした。