Dr.K と 優しさの夢物語

輝きの明日のために、思春期と思秋期の更年期障害の女性のための健康余話/ときには蕎麦談義とワン子のお話を

讃岐国 屋島で 「壇ノ浦」と「檀の浦」

2011-12-25 15:59:58 | ゆるゆる旅日記

鯵舟盛り&ジャンボ車えび&真鯛の兜煮 瀬戸内海鮮グルメと秘湯あったか庵治(あじ)温泉 》日帰りのバスツアーです

これだけでは なんのための散策かわかりにくいのであるが 目的のなかに大きな発見があるのです

■瀬戸大橋

1978年の着工から約10年を経て1988 本州と四国が結ばれたことは知っているのですが実際に渡橋する機会がなかった

塩飽諸島の5つの島の間に架かる6つの橋梁とそれらを結ぶ高架橋により構成されており

橋梁部9,368m 高架部を含めると13.1kmの延長を持つ

これは鉄道道路併用橋としては世界最長であるそうな

橋梁上部構造部分は上部が4車線の道路(瀬戸中央自動車道)、下部が鉄道(JR四国本四備讃線=瀬戸大橋線)2層構造となっている 在来線・新幹線合わせて4線を敷設できるようになっていると言う

もちろん現在は在来線だけであるが新幹線用を想定した先人がエライのです 今のご時世では到底出来ませんでしょう 

一部スペースには建設当初想定されていた新幹線用設備分の死重が設置されているのだと言う

高松中央ICで降りて 庵治半島へ向かいます

四国路には 学会発表やIGAの旅行で何度か訪れているのですが 瀬戸大橋を渡ったのは初めてでした

■庵治(あじ)温泉

映画「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地として有名なのです

そう云えば『セカチュー』のフレーズをよく借用したものでした

海岸沿いの田舎道をどんどん行き庵治観光ホテル「海のやどり」で昼食です

小豆島が望めます 瀬戸内の海は穏やかののでした

■屋島

島の名称は屋根のような平らな形状に由来し その独特の景観は高松市のシンボルとなっているそうな 南北5km 東西2kmの島であり花崗岩の基盤の上に乗った輝石安山岩からなる台地なのです

屋島は 寿永3(1184)一の谷の戦いに敗れた平宗盛らが安徳天皇を奉じて根拠地としており 寿永4年に起こった「屋島の戦い」の古戦場として知られている

この戦いで源氏方の武者那須与一が 平氏方の軍船に掲げられた扇の的を射落としたと云う故事はあまりにも有名である

そしてまた 激しい合戦の最中に義経が海に落とした弓を敵の攻撃の中で拾い上げて持ち帰り「こんな弱い弓を敵に拾われて これが源氏の大将の弓かと嘲笑われてては末代までの恥辱だ」と語った『平家物語』の“ 弓流し”のエピソードがここにあった

戦の後 屋島の陥落により 平氏は四国における拠点を失うことになり 義経は水軍を編成して 最後の決戦となる壇ノ浦の戦いに臨むことになるのです

 屋島東町には《檀の浦》があり 山口県の《壇の浦》とは 【檀】と【壇】と漢字が別であるが どちらも源平の古戦場なのです

不勉強であったことを恥じて『平家物語』を通読して理解を深めようとも思うのですが小心者なのです 課題と言うことで

今度のNHK大河ドラマは 清盛ですぞ

南嶺山上には 四国八十八箇所第84番札所の屋島寺があります

ガイドが名物は「いいだこのおでん」が美味しいと云うが食指なし

源氏が勝利を祝って屋島山頂から陣笠を投げたことに倣って「かわらけ」という薄く小さな円形の土器を投げるのは試みました

かわらけ投げ(かわらけなげ 土器投げ 瓦投げ) 厄除けなどの願いを掛けて 高い場所から素焼きや日干しの土器の酒杯や皿を投げる遊びであったそうである

京都の神護寺がその発祥の地とされており 日本各地の高台にある花見の名所などで 酒席の座興として広まったそうな

屋島では 源氏の兵が勝どきを挙げて陣笠を投げたことであろう と思うのです

■さぬきワイナリー

ちょっとしたブームなのか あちらこちらの地方にワイナリーがあって利き酒が楽しめるのです ここでは香川大学農学部の菌株である「香大農R-Ⅰ」を用いたワインリヴァジョース サヴルーズSauvageonne Savoureuse(芳しき野生の乙女)を求めました アントシアニンつまりこの赤ワインにはポリフェノールが2倍量も含有されていると言う

赤ワインは動脈硬化の予防に宜しいと言うのだがガブ飲みではなぁ

 帰りは 高松港からフェリーで宇野港へ 島の夕焼けが綺麗でした

 

  

              


12月の 私の本棚(12月に購入した書籍・CD.・DVDなど)

2011-12-19 14:49:42 | ワン子の名前は、チビ

足のカカトをかじるイヌ  椎名 誠  本の雑誌社  11/11/25

知る悲しみーやっぱり男は死ぬまでロマンティックな愚か者  島地勝彦  講談社  11/11/28

続・大人の流儀  伊集院 静  講談社  11/12/12

下山の思想  五木寛之  幻冬舎新書  11/12/10

極北ラプソディ  海堂 尊  朝日新聞出版  11/12/30

「いつ死んでもいい」老い方  外山滋比古  講談社  11/11/03

愛煙家通信No.3  喫煙文化研究会  WAC  11/11/04

中国嫁日記  井上純一  エンターブレイン  11/08/24


二度と帰ることのない時間 そして神戸 は遠かった

2011-12-18 15:10:53 | ゆるゆる旅日記

26回日本女性医学学会学術集会 1112日~13 神戸国際会議場を会場として開催された

日本更年期医学会が名称を変更したのである

神戸へは 若い頃に何度か学会で訪れているのだけれど その当時は未だポートアイランドが出来ていない頃なので初めての街なのでした

新幹線の新神戸駅前のオリエンタルホテルも別の名前になっていた

学会のテーマは『これからのウイメンズヘルスを求めて』で 徳島大学が主管である

スポンサードレクチャーやランチョンセミナーを覗いてみたが 目新しいものがなくこの領域の学問が停滞しているのではないか とさえ思った

一般演題で目についたのは

「正常ヒト皮膚繊維芽細胞におけるブタ由来プラセンタエキスの増殖並びにコラーゲン産生に及ぼす影響」

ブタ由来のプラセンタエキスは副作用が殆どなく 臨床応用されていってもらいたい

ELISA法を用いた尿中S体エクオールの簡易測定法の確立」

エクオールは大豆イソフラボンのひとつのダイゼインの代謝産物で 前立腺がんや更年期障害に対しての予防的効果が期待されている

「天然S体エクオール含有大豆発酵食品の閉経後の肌の老化に対する効果」

大豆イソフラボンの活性代謝物であるS体エクオールは エストロゲン様の作用を有することが知られているが 女性の目尻のシワに対する効果があったという報告である

これらの演題は サプリメントが見直されてくるであろうことを伺い知ることができるものであり 充実した内容であった

「更年期以降の女性における過活動膀胱治療薬服用による口腔乾燥感」

臨床の場でよく遭遇する問題であるが 必ずしも新薬が良薬ならずことを報じていた

こうした臨床に直接結び付くものも大事なのでしょう

 なんどか学会で訪れた神戸の街は すっかり様変わりしているように思えたが 若い生意気盛りの頃の自分がなかなか見えなかった

二度と帰ることのない時間 あの時の神戸は 遠かったのでした

お土産は 神戸牛にしました


恐ろしい日々に

2011-12-12 08:13:59 | のんびり歩いて

ひと昔前は 怖いものと言えば『 地震 雷 火事 親父 』と云われていたし その怖い度の序列もほぼその通りであったと思う

ところがこの『 4大怖いもの 』のなかで 親父はもはや怖いものから外されて 恐怖を感じる人は皆無である

父権なるものは 遠くの荒野に飛ばされて跡形もないのです

 東日本大震災で日本中が恐怖に曝されているこの頃は 地震 津波 放射能 』が『 3大怖いもの 』と云うことになったのだ

もっともこの後に『 』などというものが続き やはり『 4大怖いもの 』に位置つけられているらしい 

とくにこの4番目の怖いものは「 女の怨念 」などが付加されるとてつもない恐怖なのです

 東日本大震災の災禍は言葉に尽し難いが 終わりの始まり 」であることは論を待たない

太平戦争に敗れて 日本国中が廃墟となり その焼野原から立ち直ったことを比較のテーマとすることが多いようだが この事例は本質的に異なるのではなかろうか

殺戮の道具としての原子爆弾と放射能 そして平和利用である筈の原子力発電所の崩壊と放射能 は確かに共通点もあるがもともと異なることでしょうに

想定外 」などと 何処かで聞いたことがある台詞をほざいている大人たちは 昭和20年来“ ピカドン ”の後遺症に苦しむ大勢の人がいることを忘れてはいまいか

少しだけ違っているのは 進駐軍は栄養失調の子供たちに脱脂粉乳 とおおよそ身につかなかった民主主義を恵んでくれた

こんどは米軍の空母がやって来て“ お友達作戦 ”を展開してくれた

 東日本大震災での 福島原発の爆発事故が企業がもたらした災害であり その原因となっているのが政治の無策による災害とするならば それらの元凶である『 親父 』達に恐怖を感じるのだが


北の大地で 想うこと

2011-12-05 15:23:56 | ゆるゆる旅日記

職場の福利厚生の一環として いまどき珍しいとも言える職場旅行で2泊3日の北海道へ出掛けてきました

もう11月になるので さぞかし寒さが募る頃だろうとコートを持参することに

旅程はオプショナルプランとフリープランを選べるのですが 今回は独人行でどうしても「旭川」を訪れることが小さな旅の大きな目的であったのだ

旧知のA氏に逢うことがその目的であった

1991109日~11 旭川市で 38回日本臨床病理学会があり 『母乳中のNAG活性』に関する学会発表をおこなうために旭川を訪れたのである

いわゆる脱サラをして郷里の旭川市で事業を始めていたA氏は 同行した共同研究者のH氏ともども大歓迎をしてくれたものである

A氏はかっては大手のメーカーの営業マンであり 千葉在住当時の担当者であった その温厚な人柄から数年来の付き合いがあったのが始まりである そしてまたご2人の子供さんの誕生にかかわった時のドラマが千葉での触れ合いでもあった “商売抜きの付き合い”であった

朝9時前にはJR旭川駅に着く 外気温は4℃である

20年振りのA氏と再会 開口一番『イヤァ こんなになってしまいましたよぉ』とつるつるした頭をなでるのだ いやいやワシの白髪頭の方がずぅ~と後退なのです

車で十勝岳山麓までの散策である 車中での会話からA氏は幸せな日々のようである しみじみ良かったと思った

 青()い池:昭和63年に十勝岳が噴火した後 火山泥流貯めるためにえん堤が作られ池が出来た アルミニウムを含んだ水が水中のコロイド粒子と衝突そして光の散乱を促し「青い池」になったそうである カラマツなどの木々が立ち枯れている景色は絵になります

 白ひげの滝:地下水から湧き上がる水が 勢いよく白金小函の渓流に流れ落ちコバルトブルーの落差30mの水流は美瑛川へと続き ブルーリバーとも言われているとか

 十勝岳展望台:標高930mの展望台は もう冠雪している雄大な十勝岳連峰を背景に 美瑛・富良野までの360°の大パノラマを満喫です これが北海道です 来て良かった!

 白樺街道:大正15年十勝岳噴火泥流跡に自生した白樺であるそうな

ゆっくり歩いてバードウオッチングも宜しかろうと

 ケンとメリーの木:パッチワークの路の平坦な景観にあるポプラの木です

昭和47年日産自動車の「愛のスカイライン」ケンとメリーのCMに採用され 以来「ケンとメリーの木」と呼称されるようになったそうです

 

A氏は旭川駅の改札口まで送ってくれた 今度はいつ逢えるのだろうか 彼の手は暖かった

 

北の大地の夕暮れは速い 特急オホーツクは5時前には札幌に着いたのにもう夕闇である

昨夜に続いてすすき野の割烹「いそ田」へ向かう

きょうはツァーの若人たちと合流するのだ

昨夜は独人で訪れたのであるが この店は知友のH氏がM研究所を定年退職してからの苫小牧の試薬メーカーに嘱託として勤務して以来月ごとに訪れる所謂常連客なのだ

この店を訪れることもまた今回の小旅行の2つ目の目的であった

おそらく彼が坐ったであろうカウンター席で地酒を舐めてみる 魚も新鮮である

7年間の勤務を終え年末に2度目の退職になるのだ

彼はここでなにを想い そして店主となにを語っていたのであろうか

店主はきっぷの良い好青年である 常連客に加えてもらいたいと思った

 

どぉ~んどぉ~ん記憶が不鮮明になるこの頃ではあるが 2つの大事な“記憶”に触れた2泊3日の北の大地は優しいお土産を持たせてくれたのだ