白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

熊楠による熊野案内/佐渡島の北方沖・異人の島で通じた母国語

2021年04月02日 | 日記・エッセイ・コラム
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。

「佐渡(さど)ノ国」は今の新潟県佐渡市。奈良時代に約十年ほど越後国(えちごのくに)に編入された時期があったが、平安時代から江戸時代一杯を通し、長く佐渡は佐渡国として一国とされてきた。

そんな或る日、佐渡から大勢で一つの船に乗り海へ漕ぎ出した。沖へ出てしばらくするとにわかに南風に襲われ、船はあっという間に北方向へ吹き流されてしまった。「もはやこれまで」と思った船人らは艪(ろ)を船上に引き上げ、風向きに任せることにした。そのうち、さらなる沖に一つの島が見えてきた。何か手段を講じてあの島へ辿り着きたいと思っているとちょうどその島に漂着した。「当面は何とか命は助かった」と船人らは思い、迷いながらも島へ上陸しようとしたその時、島の側から人間が出てきた。その姿形は船人らと明らかに異なっている。

男性と断定できるわけではないが、かといって童子とも思えない。頭を白い衣で結っている。また身長がとても高い。本当にこの世の人間とは思えない様相をしている。

「男ニモ非(あら)ズ童(わらは)ニモ非ズ、頭(かしら)ヲ白キ衣(きぬ)ヲ以テ結(ゆひ)タリ。其ノ人ノ長(たけ)極テ高(た)カシ。有様実(まこと)ニ此ノ世ノ人ト不思(おぼえ)ズ」(新日本古典文学体系「今昔物語集5・巻第三十一・第十六・P.479」岩波書店)

船人らは知らぬ間に「鬼ノ住ケル島」に漂着したに違いないと恐れた。すると島人は「やって来たのはどのような人々なのか」と問いかけてきた。船人は答える。佐渡国から船に乗ったのだが途中で暴風に遭い、思いがけずこの島に着いたと。それを聞いた島人はいう。「けっしてこの島に上陸してはならない。上陸すれば身の為にならないことが起こるだろう。差し当たり食物を持って来よう」。

「努々(ゆめゆめ)此ノ地ニ下(おる)事無カレ。此ノ地ニ登(のぼり)ナバ悪キ事有ラム。食物(くひもの)ナドヲ遣(おこ)セム」(新日本古典文学体系「今昔物語集5・巻第三十一・第十六・P.479」岩波書店)

そう言って、一旦島の中へ戻っていった。しばらくすると同じような姿形をした人々が十数人ばかり出てきた。船人らは思う。われらは殺されるに違いない。彼らの堂々たる体格を考えるとその力の程がおもいやられる。と怖れおののくばかり。島人はまた船に近づいてきて言う。「この島へ呼び上げるべきところだが、上陸すればそなたたちにとって大変思わしくない事態が間違いなく発生する。そこで、これを持ってきたので食べればよい。そのうち順風になるだろう。風向きを見計らって本国へ返るのが妥当だろう」。

「此ノ島ヘ呼ビ可上(あぐべ)ケレドモ、上(あがり)ナバ、其(そ)コ達(たち)ノ為ニ悪キ事ノ有ヌベケレバ也。此ヲ食ヒテ暫ク有ラバ、自然(おのづか)ラ風直(なほ)リナム。其ノ時ニ、本国ニ返リ可行(ゆくべ)キ也」(新日本古典文学体系「今昔物語集5・巻第三十一・第十六・P.480」岩波書店)

持ってきてくれた食物というのは、「不動・芋頭(いもがしら)」と呼ばれるもの。「不動」は宛字であり実際はどんな食物なのか不明。ともかく「不動・芋頭(いもがしら)」ともにこれまた大変な大型。常からこれらを主食としている、と島人はいう。船人らは差し出された「不動・芋頭(いもがしら)」をすっかり平らげた。待っていると風向きが順風に変わった。そこで船を出して佐渡へ帰った。

取って喰われたわけではない。とすれば彼らは鬼ではない。あるいは神なのだろうか。船人らは不可解に思った。

「然レバ、鬼ニハ非(あら)ザリケリ。神ナドニヤ有ラムトゾ疑ケル」(新日本古典文学体系「今昔物語集5・巻第三十一・第十六・P.480」岩波書店)

佐渡国へ戻り地元でそのことを話して聞かせたところ、聞かされた人々もまた怖いことだと恐れを感じた。とはいえ、言葉のやり取りがあったことは確かである。或る見解が出される。「その島はまったくの外国というわけでもないのでは?こちらの国の言葉を話していたのだから」。

「其ノ島ハ他国ニハ非ザリケルニヤ、此ノ国ノ言(こと)ニテゾ有ケル」(新日本古典文学体系「今昔物語集5・巻第三十一・第十六・P.480」岩波書店)

言われてみればその通りだ。ただし体躯は大型で、衣裳も確かにこちらの国のものではなかった。言葉は通じた。だが食物や衣裳など生活様式は異なる。そのような違いを含んだ上でなおかつコミュニケーション可能な地域があったと考えられる。類話は幾つか残されており、だから、異境かと言われれば異境だし、けれどもまったくの異境というわけでもない。かつて列島各地の内外ではまだまだそのような地域が少なくなかったと思われる。ただ、言語が通じたという点は特記に値するだろう。言葉のやり取りがもし遮断されていたとしたら、食物の補給にも躊躇が生まれ、両者間のコミュニケーションは大変困難になっていたに違いない。

見知らぬ者同士の間で言葉が通じ合うということ。それは妖怪〔鬼・ものの怪〕的な力でなければ突破することができない取引をすんなり押し貫かせる必要不可欠なツールである。

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