エリック・ホッファーはいう。
「ガンジーはかつて、最も心配なのは『教育ある者の心のかたさ』であるといったが、教育というものはひとの心を陶冶(とうや)するよりはむしろしばしばいっそう野蛮にしてしまうという事実は衝撃的だ」(ホッファー「自然の回復」『現代という時代の気質・P.119~120』ちくま学芸文庫 二〇一五年)
知識人(教育ある者)は往々にして有力議員や財界人の上に立ちつつ世の中を支配したがる権力意志を持つ。そのためには自分自身が自分自身の中途半端な知識や演技力を最大限動員し「反知性主義者」として華々しく登場する。とともに、いつかどこかで見たことがあるようなパフォーマンスを街頭やテレビで何度も繰り返し見せつける。
ホッファーは存在価値を認められず承認欲求を満たされず生きがいを見失いそうになった知識人(教育ある者)がヒトラーやスターリンとして登場してきた経験を目の当たりにしている。今や事態はなお一層深刻だ。ヒトラーやスターリンのそのまた猿真似に過ぎない議員や財界人が「反知性主義者」として堂々と世の賞賛さえ獲得しているような始末だ。
とはいえかろうじてではあるにせよ、何もかも一切合切絶望的だというほどには立ち至っていない。「教育ある者の心のかたさ」に辟易するあまり、人々はいつも「かたさ」に対する「緩やかな繋がり=アソシエーション」を求める人間的傾向を柔軟な体質としても持っているからである。