アルベルチーヌは依然として<未知の女>だ。というより<未知の部分>はさらに輪をかけて増殖していく。「私の考えを知ってからというものアルベルチーヌは、人がこの種のことをほのめかしたとたん、発言のみならず顔の表情ででも座談に加わるのをやめてしまった」わけだから。と同時に人間は、「顔の表情」を用いて「座談に加わる」ことができるし、「座談に加わ」らないこともできるとプルーストはいうのだ。
「バルベックでは、行儀のよくない娘たちのことが話題になると、アルベルチーヌはしばしばその娘たちと同じように笑いころげたり身体をくねらせたりしてその行儀の悪さを真似したもので、それがアルベルチーヌの女友だちにはなにを意味するかを想像して私は胸がはり裂ける想いをしたが、この点にかんする私の考えを知ってからというものアルベルチーヌは、人がこの種のことをほのめかしたとたん、発言のみならず顔の表情ででも座談に加わるのをやめてしまった」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.358」岩波文庫 二〇一七年)
もっとも、加わろうと加わるまいと、いずれにしても<制度化された顔>という文法が命ずるコンテクストに従う限りで、という条件付きだ。この種の文法に従う限りで始めて次のようにいうことができる。
「俎上にのせられたあれやこれやの女性にかんする悪口に一役買わないためなのか、それともべつの理由からなのか、ふだん目まぐるしく変化するアルベルチーヌの顔立ちのなかでそのとき私をはっとさせたのはただひとつ、人がこの話題に触れたとたん、その顔立ちが一瞬前の表情をじっと保ったまま、まるでうわの空の様子を呈したことだ。そんな軽薄めいた表情でも、じっと動かないと沈黙のように重々しくなった」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.358~359」岩波文庫 二〇一七年)
ところが、段落を置くことなく続くフレーズは、段落の欠如ゆえに、そこに屈折した問題が置かれているとはほとんど誰にも感じさせないような構造を取っている。
「アルベルチーヌがその手のことがらを非難しているのか賛同しているのか、その経験があるのかないのか、それを断定するのは不可能であったろう」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.359」岩波文庫 二〇一七年)
今でいう「AI」からの逆質問。瞬時に大量の情報を処理していく機能。その機能は、「情報処理」というより、むしろ大量の答えの系列を、どこまでも引き延ばし可能な答えの系列、として弾き出してくることにある。なるほど優先順位が付けられているため、今何を優先すべきか、はわかる。だがしかしそれはあくまで「差し当たり」とか「当面は」とかいった但し書き付きでしかない。逆に、時々刻々と変化=差異化されていく膨大無辺な過剰情報が次々インプットされていくため、結局のところ、わからない、と言っているに等しい。AI使用者はそういう現状を「見ない」ことでようやくAIに夢中になるとともに、一方的に「AI=神」という公式を打ち立て信仰するほかなすすべがない。もはや依存症化してきた。
「我々の感官は、力学的・物理学的・化学的な種々の実験にますます曝されるようになり、そうした外から圧しつけられる力や律動に対して、《陰険な中毒症状》に対するような反応をします。毒に適応し、やがて毒を要求するようになるのです。そして服用量が日々不足に思われてくるのです」(ヴァレリー「知性の決算書」『精神の危機・P.188~189』岩波文庫 二〇一〇年)
さらに。似たようなプロセスは第一次世界大戦の時すでに経験している。
「大国の仲間入りをする国、より古く、より完全な大国がすでに存在する時代にその仲間入りを果たす国はーーー古くからの大国が何世紀もかけて築いたものを駆け足で模倣し、よく考えられた方法にしたがって、自らを組織しようとするーーーそれは人工的に作られた都市がつねに幾何学的な構造の上に建てられるのと似た理屈である。ドイツ、イタリア、日本はそのようにして、隣国の繁栄や現代の進歩の分析がもたらした科学的概念の上に作られた、後発の国家である。もし国土の広大さが全体計画の迅速な実施の障害とならなかったら、ロシアも同様の一例を示すものとなったであろう」(ヴァレリー「方法的制覇」『精神の危機・P.73~74』岩波文庫 二〇一〇年)
とはいえ第二次世界大戦終結にあたってドイツ、イタリアは先に降伏した。<神は死んだ>(ニーチェ)を認めるほかなかった。そしてそれは実行に移された。ところが今のロシア。今のロシアによるウクライナ侵攻のための理屈はかつて大日本帝国が押し進めた理屈と同じ理屈だ。
「一九三三年三月にハッタは、企業視察のため日本を訪問している。そこでの対応は、インドネシア民族主義運動の展開と日本の満州侵略を考えるための、興味深い材料を提示する。『ジャワのガンジー』と日本の新聞で評されていた彼は、東京へ向かう列車の中で、インドネシアでの運動は最終的にオランダに対し、人民を反乱させようとするものかと尋ねられた。それに対し彼は、目覚めた民族がずっと踏みつけられているわけにはいかないと答え、その可能性を否定しなかった(『ハッタ回想録』)。
この日本訪問は、満洲国樹立の翌年であった。ハッタは東京で、帝国議会の副議長に食事に招待された。副議長から彼は、日本の満洲侵略の理由について聞かされた。副議長は、この地域がソヴィエト・ロシアに占領されると、日本には胸元に突きつけられたピストルになると述べた。自国を脅かす存在に対処するため、満洲に侵攻したという彼の主張である。副議長はハッタに、満洲訪問を勧めた。日本の満洲侵略を帝国主義的行動とみなしていたハッタは、副議長の主張に共感できず、それを断った。ただし、まさかその四二年後に、インドネシアが同様な理由から東ティモールに侵攻するとは思わなかったであろう」(弘末雅士「モハマッド・ハッタの夢」『図書・2022・6・P.28~29』岩波書店 二〇二二年)
この種の理念「信仰=崇拝」には種もあれば仕掛けもある。
「崇拝は崇拝される対象のもつオリジナルな、しばしばはなはだしく奇異な特徴や特異体質を消去するものであるーーー《崇拝とはそれそのものを見ないことなのである》」(ニーチェ「反キリスト者・三一」『偶像の黄昏/反キリスト者・P.209』ちくま学芸文庫 一九九四年)
どうすればいいのか。「エゴン・シーレ特集」で、偶然かもしれないが、村山悟朗がベイトソンを引用している。そういうしかないのだろう。
「二匹の犬が近寄って、『闘わない』というメッセージを交換する必要にせまられたとする。ところが、イコンによって『闘い』に言及するには、牙を見せるほかない。このとき彼らは、提示された『闘い』が単に《模索》段階のものであることを了解する必要がある。そこで彼らは、牙を見せられたことの意味を探っていくことを始める。一応けんかを始めてみて、その上でどちらも相手を殺傷する意志のないことを知り、その後に、親しくなるのであれば親しくなるというやり方である」(ベイトソン「プリミティブな芸術の様式と優美と情報」『精神の生態学・・P.215』新思索社 二〇〇〇年)
だがプルーストは、それは動物だからできる方法であって、人間同士の場合、まずできない、延々引き延ばされていくと告げている。というのも言葉の問題は貨幣の問題でもあるからだ。寄付名目であろうとなかろうと、戦場へ貨幣を投入する。貨幣は何にでも置き換え可能である。あっけなく軍事物資になることができる。そこに、問題は「人間自身」だと言ったマルクスの言葉の意味も滲み出てくる。
それだから「失われた時を求めて」は<ゾンビ的作品>だと述べたわけだけれども。そしてまた、アルベルチーヌには種もなければ仕掛けもない。AIよりもさらに困難なのだ。