ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

野の舟 清水昶

2013-05-30 00:30:02 | Poem


今日は、詩人清水昶さんの三回忌です。
この日にお名前をつけてあげたい。
「野の舟忌」はいかがでしょうか?


野の舟  清水昶

うつぶせに眠っている弟よ
きみのふかい海の上では
唄のように
野の舟はながれているか
おれの好きなやさしい詩人の
喀血の背後でひらめいた
手斧のような声の一撃
それはどんな素晴らしい恐怖で海を染めたか
うつぶせに眠っている弟よ
きみが抱え込んでいるふるさとでは
まだ塩からい男たちの
若い櫂の何本が
日々の風雨を打ちすえている?
トマト色したゆうひを吸って
どんな娘たちが育っているか
でもきみは
おれみたいに目覚めないことを祈っているよ
おれは
上半身をねじって
まっすぐ進んでゆくのが正しい姿勢だと思っているが
どうもちかごろ
舌が紙のようにぺらぺらめくれあがったり
少しの風で
意味もなく頭が揺れたりして
もちろん年齢もわからなくなっている
だからときどき
最後の酒をのみほしたりすると
はげしい渇きにあおられて
野の舟の上でただひとり
だれもみたことのない夢へ
虚無のように
しっかりと
居座ってみたりするのさ


《詩集・野の舟》より。

 (昭和49年・1974年・河出書房新社刊・「叢書・同時代の詩Ⅲ」)



亡霊になってはじめて人間は
生きているみたいになつかしい


《詩集・詩人の死》より。詩作品「北村太朗」より抜粋しました。


 《追記》

「Weekly "ZouX" 329号(2013年5月26日発行)に兄上の清水哲男さんが、昶さんの「三回忌」宛てに俳句を詠んでいらっしゃいます。

映画『舟を編む』

2013-05-28 22:06:23 | Movie
映画『舟を編む』予告編


映画『舟を編む』「辞書が出来るまで」の特別映像



監督:石井裕也
原作:三浦しをん
脚本:渡辺謙作

《キャスト》
馬締光也(まじめみつや):松田龍平
林香具矢(はやしかぐや):宮崎あおい

西岡正志:オダギリジョー
松本朋佑:加藤剛
荒木公平:小林薫
佐々木薫:伊佐山ひろ子
岸辺みどり:黒木華
村越局長:鶴見辰吾

タケ:渡辺美佐子

松本千恵:八千草薫


出版社の辞書編集部を舞台に、新しい辞書づくりに取り組む人々の気の遠くなるような作業が続く。
すごく魅力的な仕事だなぁ。
玄武書房の営業部に勤める馬締光也は、独特の視点で言葉を捉える能力を買われ、
新しい辞書「大渡海(だいとかい)」を編纂する辞書編集部に迎えられる。
松本朋佑をトップに、おかしくて真面目(!)な編集部員たちの永い「言葉の海」の航海が始まる。

そして長い年月を重ねて「大渡海」は完成する。
しかし、それは「改訂」へ向けての出発でもあったのだ。
言葉とは限りない旅であった。今まで生きて、わたくし自身がどれだけの言葉を知り得たのか?

絶望的であるなぁ(笑)。

岡真史詩集 ぼくは12歳 (高史明・岡百合子編)

2013-05-24 22:36:11 | Poem


高史明(コ・サミョン・1932年1月11日~)は、岡真史の父親であり、在日朝鮮人作家、評論家。
岡百合子は高史明の妻であり、岡真史の母親。
岡真史は1975年7月17日(中学1年、12歳)に自死。


空のすべり台  (小学6年・1974年~1975年)

つらいくさとりがおわり
ズキンとするこしをあげて
みれば
空に七色のすべり台が
あった

じっとすべり台を
みていると
スーとひきこまれる
くものかいだんを
のぼり
七色のすべり台を
すべる
ほしのかぜをひきさき
はてしなく
すべっていく……
ろうどうあと
そんなことをかんがえたりする


人間  (中学1年・1975年)

人間ってみんな百面相だ


ひとり  (中学1年・1975年)

ひとり
ただくずれさるのを
まつだけ


ぼくはしなない  (中学1年・1975年……最後の詩作品と思われる。)

ぼくは
しぬかもしれない
でもぼくはしねない
いやしなないんだ
ぼくだけは
ぜったいにしなない
なぜならば
ぼくは
じぶんじしんだから  (*この行の9文字すべてに傍点がついています。)


この詩集の「あとがき」で、父親の高史明は悲痛な叫びをあげている。
かつての自著「生きることの意味」に記した、下記の言葉に苦しんで……。

『わたしは死による安らぎに人のやさしさを感じることはできません。
 人間はむしろ、死と戦い、自分自身とともに他人を生かそうとしてこそ、
 はじめてやさしい安らぎに包まれることができると思うのです。
 もちろん、人間は、たとえそのように生きても、やがては必ず死ぬ身です。
 でも、わたしは思うのです。
 人間はかならず死ぬ身であるからこそ、その人生をせいいっぱい生きるとき、
 自分自身を乗り越えることも可能になるのだ、と。
 そのとき、人間はきっと、やがてくる死を、心静かに迎えることもできるのです。』

そして、父親はこう書いています。
『人間の死は生とは別ものではなく、生そのものの中にあったのでした。
 死もまた、日々を生きているのです。』と……。

  (1976年初版第一刷・筑摩書房刊)


   *      *      *

民族差別による「いじめ」から12歳少年の自死、という類似した事件が4年後にも起きています。
1979年9月9日、埼玉県上福岡市のマンションで、市立上福岡第3中学校1年の林賢一君(12歳)が飛び降り自殺。


「国名・清水昶」はこの事件から書かれた詩です。

1979年9月9日 埼玉・中1少年いじめ自殺事件

ぞうきん  まど・みちお

2013-05-14 21:52:27 | Poem


雨の日に帰ってくると
玄関でぞうきんが待っていてくれる
ぞうきんでございます
という したしげな顔で
自分でなりたくてなったのでもないのに

ついこの間までは
シャツでございます という顔で
私に着られていた
まるで私の
ひふででもあるかのように やさしく
自分でそうなりたかったのでもないのに

たぶん もともとは
アメリカか どこかで
風と太陽にほほえんでいたワタの花が

そのうちに
灰でございます という顔で灰になり
無いのでございます という顔で
無くなっているのかしら
私たちとのこんな思い出もいっしょに
自分ではなんにも知らないでいるうちに

ぞうきんよ!



(まど・みちお全詩集・1993年5月・第8刷・理論社刊)より。

 
(初出・まど・みちお詩集4 物のうた・1974年・銀河社刊)

(1982年・かど書房より再刊・1部改稿)



寝る前になんとなく読んでいて、思わずはじけるように笑った!
2度3度読んでも、同じテンションで笑いがはじける。
……ということは、これはわたくしにとって名詩です。

自分ではなんにも知らないでいるうちに

ぞうきんよ!


たしかにそうかもしれない。

我が家では、着古したシャツやタオルやシーツなどは、適当な大きさに切ってから、
ガスレンジの汚れ、調理後のフライパンの油取り、あるいは使い捨てのぞうきんにする。
ティッシュペーパーやキッチンペーパーの節約になる。
まどさんのおうちのつつましい生活の風景が、こちらにも繋がってくる。

ましてや、夫の着古したシャツを切っているわたくしを、夫は「鋏を持った魔女」を見る眼で見るのである(笑)。
まどさんも「ぞうきん」になったシャツを見て、魔法使いの存在を感じたかしら?

小津安二郎 - 大人の見る繪本 生れてはみたけれど (1932)

2013-05-13 22:32:31 | Movie
小津安二郎 - 大人の見る繪本 生れてはみたけれど/Ozu - I Was Born, But...(1932)


監督:小津安二郎
脚本:伏見晁

《キャスト》
父ちゃん:斎藤達雄
母ちゃん:吉川満子
良一:菅原秀雄
啓二:突貫小僧
岩崎:坂本武

大人の見る繪本 生れてはみたけれど(ウィキペディア)


1932年6月3日公開の、無声映画である。
しかし時代を超えたテーマであって、現代社会にほとんどスライドさせることができる。
名監督の映画というものはこのようであったか!と再確認!

大人のサラリーマン社会における、人間関係の理不尽さは、
子供社会にまで影を落とすが、そこを見事に乗りきったのは子供たちであって、大人の教育の力ではない。
身動きできない大人。
「何が偉いのか?」と、子供同士で問いかけるが、その基準は柔らかだ。

父ちゃん「将来の夢は?」
啓二「中将になる。」
父ちゃん「大将ではないのか?」
啓二「だって、兄ちゃんが大将になるから!」

陰湿な「いじめ」が後を絶たない今日にこそ、改めて見て欲しい。

吉原幸子詩集「幼年連祷」より

2013-05-10 20:46:15 | Poem



  喪失ではなく  吉原幸子(1932~2002)


  大きくなって
  小さかったことのいみを知ったとき
  わたしは〝えうねん〟を
  ふたたび もった
  こんどこそ ほんたうに
  はじめて もった

  誰でも いちど 小さいのだった
  わたしも いちど 小さいのだった
  電車の窓から きょろきょろ見たのだ
  けしきは 新しかったのだ いちど

  それがどんなに まばゆいことだったか
  大きくなったからこそ わたしにわかる

  だいじがることさへ 要らなかった
  子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
  そのなかにゐて 知らなかった
  雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
  いちどのかなしさを
  いま こんなにも だいじにおもふとき
  わたしは〝えうねん〟を はじめて生きる

  もういちど 電車の窓わくにしがみついて
  青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
  わたしは ほんたうの
  少しかなしい 子供になれた――


  あたらしいいのちに   吉原幸子


                          
  
  おまへにあげよう
  ゆるしておくれ こんなに痛いいのちを
  それでも おまへにあげたい
  いのちの すばらしい痛さを
  
  あげられるのは それだけ
  痛がれる といふことだけ
  でもゆるしておくれ
  それを だいじにしておくれ
  耐へておくれ
  貧しいわたしが
  この富に耐へたやうに――

  はじめに 来るのだよ
  痛くない 光りかがやくひとときも
  でも 知ってから
  そのひとときをふりかへる 二重の痛みこそ
  ほんたうの いのちの あかしなのだよ

  ぎざぎざになればなるほど
  おまへは 生きてゐるのだよ
  わたしは耐へよう おまへの痛さを うむため
  おまへも耐へておくれ わたしの痛さに 免じて



  (幼年連祷・1964年・歴程社刊)より



子供は初めに大人の世界に産まれ出てくる。そこはなにもかにも子供には大きすぎる世界だった。
この巨人の国で、子供は少しづつ大きくなる。
そして大人の背丈に近づくにつれて子供は脱皮の季節を迎える。これは「自然」なことではないか。
人生はそれからの時間の方がはるかに永い。
その時間のなかで人間はどこまで「内なる子供」を養いつづけることができるのだろうか?

子供が育ってゆく期間、母親も同時に二度目の「子供の時間」を生きてきたのではないだろうか?
それは、かがやくような「時間の子供」を内部に育てたのだといえるかもしれない。
こんなことを考える時に必ず思い出すのは、この詩です。
そして、三度目の子供時代も生きてみようと思う。

最も自覚的でなかったのは、自らの子供時代ではなかったろうか?

美しい五月  清水哲男

2013-05-02 21:41:29 | Poem
   


  唄が火に包まれる
  楽器の浅い水が揺れる
  頬と帽子をかすめて飛ぶ
  ナイフのような希望を捨てて
  私は何処へ歩こうか
  記憶の石英を剥すために
  握った果実は投げすてなければ
  たった一人を呼び返すためには
  声の刺青を消さなければ
  私はあきらめる
  光の中の出会いを
  私はあきらめる
  かがみこむほどの愛を
  私はあきらめる
  そして五月を。


5月になると思いだす詩である。
しかしながら、この詩のなかに隠されているものをわたくしはおそらく正確には把握できていないだろうと思う。
「五月」はおそらく1968年(昭和43年)のフランスの五月革命ではないかと思える。
最後の6行は、そのままそれぞれの心の歴史にも投影されてくる。ひとはこのような季節を繰り返しながら生きてきたのではないのだろうか?
エリオットは「四月はいちばん無情な月」と書いていたけれど、ある季節に「言葉」を与えるということは、次の季節へのいざないではないだろうか?

何度読みかえしても美しい詩である。清水哲男さん30代の詩である。


(MY SONG BOOK 水の上衣   昭和45年・限定250部・非売品・・・編集:正津勉)