《画像は2月のさるすべり。線描画のようにうつくしい。》
味噌 河上肇
関常の店へ 臨時配給の
正月の味噌もらひに行きければ
店のかみさん
帳面の名とわが顔とを見くらべて
そばのあるじに何かささやきつ
「奥さんはまだおるすどすかや
お困りどすやろ」
などとお世辞云ひながら
あとにつらなる客たちに遠慮してか
まけときやすとも何とも云はで
ただわれに定量の倍額をくれけり
人並はづれて味噌たしなむわれ
こころに喜び勇みつつ
小桶さげて店を出で
廻り道して花屋に立ち寄り
白菊一本
三十銭といふを買ひ求め
せなをこごめて早足に
曇りがちなる寒空の
吉田大路を刻みつつ
かはたれどきのせまる頃
ひとりゐのすみかをさして帰りけり
帰りて見れば 机べの
火鉢にかけし里芋の
はや軟かく煮えてあり
ふるさとのわがやのせどの芋ぞとて
送り越したる赤芋の
大きなるがはや煮えてあり
持ち帰りたる白味噌に
僅かばかりの砂糖まぜ
芋にかけて煮て食うぶ
どろどろにとけし熱き芋
ほかほかと湯気たてて
美味これに加ふるなく
うましうましとひとりごち
けふの夕餉を終へにつつ
この清貧の身を顧みて
わが残生のかくばかり
めぐみ豊けきを喜べり
ひとりみづから喜べり
……1944年(昭和19年)元旦 作……
出典は茨城のり子著「詩のこころを読む」
1979年第1刷、1992年第30刷、「岩波ジュニア新書・9」
友人とごはんを食べながら、食べ物の話になった時に、
何故か芋類やら栗や南瓜の話になったことがある。
なにやら喉につまりそうなものばかり……。
その中でも熱がこもった食材は「里いも」だった。
東北出身の友人は、味噌と砂糖で味付けをすると言った。
北関東出身の私は、醤油と砂糖で味付けしたもので育ったけれど、
「河上肇」の「味噌」という詩を読んでから、
味噌で味つけした里いもも食べるようになったと話した。
それはかなり古い本で、茨城のり子によるアンソロジーだった。
しかし、その本は彼女も読んでいた。
東京育ちのもう一人の友人もこの本を読んでいた。
しかし、記憶に残った詩はそれぞれに違っていたのが面白い。
お二人とも「河上肇」の詩は記憶から落ちていたようだった。
しかし、三人が改めて、味噌味の里いもを煮るのはあきらかなこととなったが……。