エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

#粗末に育てられた人の心の違い

2024-03-18 08:38:34 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

「発達トラウマ障害 Enpedia」
は、内閣府情報調査室が情報操作をしているだろうGoogle検索ではなさらず、
MSN検索、あるいは、 Bing検索にて、ご参照ください。
としましたが、1日で、MSN検索、Bing検索にも、内閣府情報調査室が施したであろう、情報操作が入りました。
それだけ、「発達トラウマ障害 Enpedia」の真実が大事。
 ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『粗末にされたら、意識できなくても、身体はその傷を覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』 は,翻訳が終わりましたが,印象的な言葉を適宜拾ってみようと思います。 
今日は,p.285から。
 
 
 
粗末に育てられた人の心のシステムは,まともに育てられた人の心のシステムちがいます
 
 
 
 どこが違うか、気になりますね
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#所変われば

2024-03-18 08:08:17 | エリクソンの発達臨床心理

「発達トラウマ障害 Enpedia」
は、内閣府情報調査室が情報操作をしているだろうGoogle検索ではなさらず、
MSN検索、あるいは、 Bing検索にて、ご参照ください。
としましたが、1日で、MSN検索、Bing検索にも、内閣府情報調査室が施したであろう、情報操作が入りました。
それだけ、「発達トラウマ障害 Enpedia」の真実が大事。

Childhood and Society 第3章  p.142 第3パラグラフから。

 
 男の子の遊びや勝ち負けのある遊びの中で育った息吹は,女の子の遊びの中で育った息吹よりも,あまり変わりませんでした。カウボーイ遊びが,バッファローガリ遊びに置き換わったのにそうでした。
 
 
 男の子の遊びのある息吹が,女の子の息吹よりも変わらないのはなぜでしょうね。小さな人形たちが「街に出る」のを観察していましたし,私が座っていた切り株は,その女の子の兄弟が危機としてロープで縛られていました。心理学的に申し上げれば,このような勝ち負けのある遊びは,たとえ,実際には、「無用の長物」であっても,目上の子どもたちや大人たちから,厳しくしつけられていたことでした。「野兎を脚と素手で捕まえたよ」とお母さんと私に話してくれた幼い男の子を笑い飛ばすのではなく,その子と一緒に笑う場面で,思い知ったのは,私は何も知らない、ということでした。このような白日夢は「遊びではありません。このような白日夢は,ハンターやカウボーイのなるのを受け合う術を身に着けるための備えになります。
 その点,特に関心を持ったのがとても古い習慣で,男の子たちが牛の屠殺場で拾い集めてきた,長さ10センチほどの小さな骨で作った「骨の馬」で遊んでいたことでした。その姿かたちからして,そのおもちゃは,馬とか,牛とか,種牛と呼ばれていましたし,男の子たちは、そのおもちゃをポケットに入れて,いつも触っていましたし,競馬やバッファロー狩りの遊びを一緒にする時に,使っていました。この骨は,スー族の男の子たちが,暮らしの中で小さなおもちゃの車を作るためにある訳です。この骨の男根のような形が示すのは,男根期や運動期に,小さな男の子たちは,「馬」や「バッファロー」や「牛」や「種牛」に指で触れながら,インディアンの男に共通する,競争して狩りをする白日夢を育てることができるんです。小さな男の子に,ハンターの倫理を教え,兄弟間の忠誠心をダコタの仲間を結びつける紐帯にするのは,目上の兄弟たちのお役目でした。こういった誇り高い目上の男の子たちとだけ仲間になることから,幼い男たちも幼いうちから,おちんちんが大きくなるのは,狩人が勇敢であるのと同じだという事実に,気付くようになるものなんです。若者が、真面な女の子がいるはずのないところにいる娘ならば,誰でもレイプしてもよし,と考えられていたんです。「立場」を弁えない娘は,正当な生贄でしたし,「立場」を弁えない娘をレイプするのは自慢になったんです。
 
 
 
 所変われば品変わる では、説明しつくされないかもしれませんね。
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#日常生活を礼拝にする習慣  #ボンヘッファーの末柄

2024-03-18 07:36:14 | エリクソンの発達臨床心理

「発達トラウマ障害 Enpedia」
は、内閣府情報調査室が情報操作をしているだろうGoogle検索ではなさらず、
MSN検索、あるいは、 Bing検索にて、ご参照ください。
としましたが、1日で、MSN検索、Bing検索にも、内閣府情報調査室が施したであろう、情報操作が入りました。
それだけ、「発達トラウマ障害 Enpedia」の真実が大事。 
 Toys and Reasons『おもちゃ と 賢慮』
 p.77の第2パラグラフから。

 
 ここに,フリと実感という人間の特別な謎が生じる中心点があります。その謎が生み出す視点のおかげで,人間はめげずに生きる備え(フロイトさんの意味で,「無意識の働き」)ができます。たほう,動物の本能は,限られた周りのものに「本能的に」適応します。その限られた周りのものは,壊滅的に変化しない限りは,生まれながらのパターンや重要なことにピッタリ合わせることで,その人たちを是認するのです。人間では,次に何を創造するかをイメージできることは,無意識の頼りなさと様々な文化的因習を乗り換えていくことになっています。結界では,心から自由になるセラピーが,常々,無意識の働きに割り振るのは,望み通りにピッタリ合わせてもらう大事にしてもらう関わりにケチになる危険なやりすぎです。自由に立ち回る無意識に多量のエネルギーがある,進化する上での訳は,人間には生まれながらに,どちらにも使える内的促しが撃ち込まれているからです。このどちらにも使える内的促しがあればこそ,長い子どもの間に,互いに大切にし合うこと,出来たという実感,一体感を,確実に結びつけることになります。発達している子どもの遊びは,様々なやくわりと見通しによって根付き,方向づけられる生き方の中で,様々に未来予想図を描きながら心から自由に選択する実験を育てるための場なのです。このような様々な未来予想図は,経済や歴史の大転換の中で,大きな修正を体験しなくてはなりませんから,人間は,一体感を失う混乱(そのために,青年期がある訳です)に甘んじなくてはなりませんし,一体感を失う混乱が続く間には,大人のなろうとしている者は,いまある大人になるいろんな条件にを喜んで受け入れたり,創造に関わって感動したり,理想を吹き込まれたりすることもあれば,何もかもぶち壊しにしたいと思う場合もあります。 
 青年期とその礼拝については,このあと戻りましょう。しかし,次は,特別な宗教儀礼や通過儀礼と,日常生活を「礼拝にする習慣」の違いを区別したいと思います。
 
 
 
 危険な時代だからこそ,日常生活を「礼拝にする習慣」が大事になります。その点で,エリクソンはボンヘッファーの末柄でもあると私は信じて疑いませんね。
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#信頼の神髄

2024-03-18 06:18:14 | 聖書の言葉から

「発達トラウマ障害 Enpedia」
は、内閣府情報調査室が情報操作をしているだろうGoogle検索ではなさらず、
MSN検索、あるいは、 Bing検索にて、ご参照ください。
としましたが、1日で、MSN検索、Bing検索にも、内閣府情報調査室が施したであろう、情報操作が入りました。
それだけ、「発達トラウマ障害 Enpedia」の、あるいは、 Bing検索にて、ご参照ください。

生きているのに
死んでいるあなたへ    

今朝は,瀬戸内寂聴さんの言葉から

 
 
蓮如聖人は
 
「我を捨てて仏に任せてしまえ というのが仏法である」
 
と私たちに教えてくださっている
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