「発達トラウマ障害≒愛着障害」と診断・アセスメントすることの大事さを改めて考える2日目になったらいいですね。
今朝も、今から7年前、311(2011)を遡って2年前、ヴァン・デ・コーク教授が、2009年に出した、発達トラウマ障害(DTD : defelopmental trauma disorder)をDSM-Ⅴにハッキリと入れてね、という提案書(http://www.traumacenter.org/announcements/DTD_papers_Oct_09.pdf) の43目。
今朝は、妥当性と信頼性の章の14日目。
しかしながら、発達トラウマ障害(DTD)とPTSDの違いには、(a)DTDの診断基準を満たすストレスの元には、PTSDの診断基準A1のストレスの元、すなわち、対人間暴力(性的暴力も含まれる)の一部しか含まないし、PTSDを診断する時には含まないような、子どもを見守るような養育がない、あるいは、そういう養育が奪われている、ということが、DTDと診断する時には必要だ、ということがあります。
この(a)の違いが、発達トラウマ障害(DTD)とPTSDの違いの差の一番重要なところですね。簡単に言えば、PTSDと診断できるとは、養育環境が安定的で、ゆとりのある場合だけで、養育環境に課題があり、ゆとりのない場合は、PTSDの症状があっても、PTSDとはアセスメント・診断してはならない、ということです。その場合には、PTSDの症状があっても、発達トラウマ障害(DTD)とアセスメント・診断しなくっちゃ、ということです。
すなわち、養育環境が、労働生産の貧困のために、滅茶苦茶なニッポンには、PTSDはほとんどいない、ということです。
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