小学校一年生の道徳性 > 親・教員・心理士の道徳性河合隼雄先生の『子どもと学校」(岩波新書 新赤版212)に、「小学校一年生の道徳性は、…相当高い」という記述があります(p165)。河合先生の他...
ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog より、p.245。最後の段落から。
トラウマは、根っこから、完全に無力で、自分で自分をコントロール出来ない経験ですから、その患者がいろんな形で治療的なやり取りを大事にすることが、回復するためには必要になります。もしも、あなたが強制するようなことをすれば、相手が心構えが出来ていない時に、心をこじ開けるようなことをすれば、もしも、あなたがセラピーをするように相手に求めるのなら、もしも、あなたが個人の違いを大事にしなかったら、そうしたら、あなたの治療は現実には、相手をひどく傷つけていることのなるのですよ。なぜなら、安心と安全が回復にはなくてはならないものですし、強制すれば恐れが生じますから、強制を伴うセラピーは危険でトラウマの犠牲者たちには効果がありません。トラウマがあると、様々なメンタルヘルス上の問題が生じやすいのですね。たちえば、10代の子らの問題行動や依存症になる人の多さです。不幸なことですが、強制を伴ういろんな治療が、トラウマの領域では、よくあることなんですよ。それにね、このことは、私どもが1人つの課題を解決しようとする努力そのものが、実際には課題を悪化させてしまっているというケースを増やすことになっていることですよ。ですから、私どもがしていかなくちゃならないのは、患者さんたちにも、その道の専門家たちにも、これらの真実を教育する、ということです。それから、法制度、アメリカ式養育里親制度、児童福祉制度と精神衛生制度が、トラウマとその治療に関する知識を生かして、トラウマを増やしたり、さらに危害を加えたりなどせずに、証拠に基づいた研究を活用できるものにしていく、ということでもありますね。
不幸なことですが、ニッポンの学校も、ニッポンの児童養護施設も、ニッポンの病院も、発達トラウマを伴う愛着障害の子どもたちのニーズに、ほとんど応じきれず、むしろ、いっそう傷つけている、という現実があります。事情は、アメリカよりも、ニッポンの方がはるかに深刻ですよ。
第1、先日のブルース・ペリー教授の『犬…』から 今のニッポンの学校では、一番役立たない大人が多すぎる!の翻訳にも出てきたみたいに、「専門家」が大いに怪しい。一番怪しいのは、医者と大学教員ですね。岡田尊司さんも指摘している通り、医者が愛着障害を、発達障害と誤診するのは、自閉症を母源病と言って「失敗」した児童精神科医等にトラウマがあることも関係します。また、ニッポンの大学でトラウマ研究している人が、発達トラウマの事はあんまり知らない、基本的文献も読んでない、ということです。ある大学教授なんか(失礼します)、今私が翻訳しているブルース・ベリー教授の名前さえ知らなかったんですからね。高が知れてます。
私どもも、ブルース・ベリー教授に倣って、学校教育制度などの制度改革と、医者や大学教授などの怪しい「専門家」らの再教育をしていかなくてはなりませんね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます