「お休みは26日間だよ」、「お休みでやりたいことは、特にないね」声の不思議 声には不思議な力があります。声は、人を非難する場合もありますが、自分や他者の生きる場での哲学を替える力だってあります。その哲学は物語か......
美しいもの、奇麗なもの、清々しいもの、清らかなもの、尊いもの、畏れ多いもの…。そういうものとの関わりを大事にしたいですね。
今朝は、Chilhood and Socirty から。
私が「信頼」という言葉が、(「確信」と言う言葉よりも)好きなのは、「信頼」は、より単純で、よりやりとりがあるからです。「赤ちゃんは信頼している」ということは言えても、「赤ちゃんには確信がある」と言ったら言い過ぎでしょ。さらには、信頼という普通の状況は、外から恵みをもたらしてくれる人が、何時も変わらす、恵みをもたらしてくれることに対して頼るようになることを示すばかりではなくて、自分自身を信頼することや、何かに駆り立てるようないろんな気持ちに自分で対処できることを信頼することも、意味しますね。すなわち、赤ちゃんは、お母さんが、乳首をかじられない限り、身構える必要がない、と感じる位、赤ちゃんが自分を値打ち者と考えることができます。
こうすると、本物の自信は、赤ちゃんの時の信頼の一部だということが解かります。あるいは、本物の自信は、自分が大事にされたことや人を大事にすることに結びついていることも分かりますでしょ。
よくあるパターンですが、自信過剰の人に限って、人を見下したり、人を嘲笑ったりすることがありますね。じつは、そのたぐいの人は、自信家ではなくて、自己嫌悪に気付かないオメデタイ人で、本当の自分には自信が持てないために、「様々なお化粧品」や「様々な武装具」で何重にも厚化粧、重武装している自分が、自分だと勘違いしているんですね。そのことにも、ご当人は、全然気づいていないんですよ。何故なら、本当の自分に自信がないので、厚化粧や重武装をするわけですからね。
本当に人の役に立つことができるかいなか? それが、本人の信頼の豊かさのバロメーターです。
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