伝記記者が意外にも、気持ちに深く切り込んで記述してくれる場合があることが分かりました。司馬遼太郎なども似たところがありますよね。
ルターのことを最も口汚く非難した1人、ヤーコプ・ブルクハルトは、ニーチェに対して「ルターはドイツの騒々しい百姓で、結局はルネッサンスの教養人のマーチを待ち伏せするような人物だ」と見るように教えた人ですが、次のように記しています。「私どもはいったい何なのか? ルターに対して、『あんたは「僕らの」プログラムを実行すべきだ』などとお願いするのだとしたら。こんなことをしたら、他でもない、ルターに具体的なイメージを与えることになる。つまり、ルターが、そのありのままでいることを当然と考えるべきだ、ということになっちゃう。」
ちょっとわかりづらいところです。ルターを下手に批判すれば、逆にルターの生き生きした生き方を肯定することになってしまう、ということだろうと考えます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます