シモーヌ・ヴェイユ
Toys and reasons. p.37から。
後で論じてみるつもりなのは,日常生活の礼拝と私が呼ぶことになることです。その日常生活の礼拝には,教育的な側面があります。つまり,それは,真の意味で自由のある教育が与えられた時だけ,子どもは,ダンスを楽しんでも大丈夫だと感じることができますし,また,ダンスを楽しむ勇気を持つこともできます。さらには申しあげれば,真の意味で自由な教育がされた時だけ,ダンスを楽しむことを,(訳注:無意識の)心のいろんなはたらきと結びつけることができます。
この教育は,知識の切り売りをするような,およそ,「教育」とは呼べないような,ものとは違います。シモーヌ・ヴェイユは,この種の「教育」を,「調教」と正確に呼んでいました。
ここでエリクソンが教えてくれているのは,本当の意味での教育,エデュカティオですね。引き出す。本物の教育は,ポテンシャルを引き出すものであると同時に,無意識を引き出して,陽気で楽しいことと結びつけるものです。
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