土佐レッドアイ

アカメ釣りのパイオニアクラブ

標識放流784号(2024年度87号)

2024-08-31 21:02:30 | アカメ調査室

 2024.8.27、前田さんから標識放流のデータが届きました。

 「 お疲れ様です。
 アカメの情報を添付いたします。
 久しぶりに徳永さんがアカメを釣り、浦川さんが計測等の対応をしてくださいました。浦川さんお疲れ様でした。」前田さんからのコメントです。

 徳永 晶さん、おめでとうございます。

 

アカメを釣った徳永 晶さん

 

  

画像提供:浦川信元さん


日時:2024.8.27   21:10
釣人:徳永 晶さん

場所:浦戸湾

全長:113.5 cm
体長:下顎〜95.5 cm
体重: 20.1 kg

 


標識放流783号(2024年度86号)

2024-08-31 10:40:44 | アカメ調査室

 2024.8.27、前田尚俊さんがアカメを釣って標識放流しました。

 前田さんおめでとうございます。

お疲れ様です。
アカメの情報を添付いたします。
今回、潮位変動の少ない潮周り、限られた時間の中でどこのポイントにアカメがいるか探りながら場所を定め、運良く一本釣る事が出来て良かったです。尾鰭下側が少し欠けた個体。」前田さんのコメントです。

アカメを釣った前田尚俊さん

  

画像提供:前田尚俊さん

 


日時:2024.8.27 19:32
釣人:前田尚俊さん
場所:浦戸湾流入河川
全長: 80.5cm
体長:上顎〜66cm、下顎〜67cm
体高:19.5 cm
胴回り:49.7 cm
体重:6.8 kg (7.33-0.53=6.80)

 

 

 


シカは驚いた わたしもおどろいた話 その(4)

2024-08-30 10:11:43 | 狩猟とナイフ

はじめにおことわり。血なまぐさい話や写真、ジビエなどがでてきますので、心臓が弱い人やベジタリアン、ビーガンの方は見ないでね。

「私の住む高知県安芸市の2024年7月末現在の人口は15,710人です。安芸市民を全員殺すよりも、1年間に高知県で殺すシカの数のほうがはるかに多いのです。

 のけぞるような数字でしょう。

 19,873頭のシカを積み上げるとどれだけ大きな山ができるとおもいます?」

と前回書きました。

 

   

ニホンジカの冬毛(右)と夏毛

 昔むかしその昔、私がまだ子供だった時、集落近くの山々はてっぺんまで畑がありました。その畑でサツマイモ、ササゲ、ハダカムギ、サトウキビなどが栽培されていました。

 当時、畑の耕耘はというと牛です。当然、田んぼの耕耘もです。耕運機などどこにもありませんでした。空想さえできませんでした。ですので、どの家も牛が飼育されていました。貧乏な私の家でも常時2頭の牛がいました。

 一番の楽しみは、牛の背中に乗せてもらうことです。しかし、めったに乗せてもらえません。行きは堆肥やら鋤など農具を背に載せています。その上、登る山道たるや、高山の登山道のような道なのです。仕事を終えて帰り道、父やおじいちゃんの機嫌がいいときなど、たまに「乗るか」と言われると嬉しくて。

 ふだんの目線の3倍もあるような高さの、牛の背で揺れながら見る世界は、別世界でした。

(このあたりで、おとぎ話のようなことをいう長野はいったい歳は幾つなのか?と思われる若者もいるでしょうね。私は1950年生まれです。)

 当時、山里のわたしの集落で、ニホンジカやイノシシの話題など聞いたことがありません。

つづく


標識放流782号(2024年度85号 8月24日6−6)

2024-08-29 22:12:57 | アカメ調査室

 2024.8.24 この日釣られて標識放流された6尾のうちの6尾目です。5尾目に続いて6尾目も釣ったのは由岐直久さんです。

 すごいです。由岐さんおめでとうございます。

お疲れ様です。
アカメの情報を添付いたします。
由岐さんが続けてアカメを釣り上げました。わずか30分後の事です。凄い!
由岐さん、『このアカメは小さい頃に釣られたのかもしれません、下顎が変化していました。』
という事です。お疲れ様でした。(データを送ってくれた前田尚俊さんのコメントです)

 

   

                          下顎が変形しています       画像提供:由岐由岐さん

 


日時:2024.8.24   18:00
釣人:由岐直久さん

場所:高知県一級河川

全長: 94 cm
体長:上顎〜79 cm
体重:11.6 kg
胴回:59cm

 


大往生コンサート 2014.10.15 京都府立文化芸術会館にて

2024-08-29 14:07:20 | ノンジャンル

 「大往生一座 旗揚げコンサート」をやるということを知ったのは、高石ともや事務所からのお知らせチラシをもらったからです。

 1973年に京都の円山公園音楽堂で第1回宵々山コンサートが開かれて、2009年の第29回でいよいよ「中締め」だというので、カミさんと出かけました。もうこれで宵々山もおしまいだとおもっていたら、惜しむ声が大きくて、2011年第30回が開かれました。いよいよ最後だというので、これにもカミさんと行きました。

 ずっと中心的にコンサートを担ってきた永六輔さんも歳をとっていました。車椅子でした。出演していた笠木透さんも杖をついていました。サプライズで出演した桂米朝さんも息子の桂米團治に支えられて話をされました。

 

 何!大往生コンサートだと。

 そりゃあ何をおいても、絶対にいかんといかんとカミさんといきました。

 2014/10/15 京都府立文化芸術会館で行われました。

 宵々山世話方会の主催でした。

主役はそれこそ大往生を控えた永六輔さんと笠木透さん。お二人共車椅子でした。

車椅子左から笠木透さん 永六輔さん ギターは高石ともやさん

 開演20分ほどまえから宵々山と同じように永さんが登場し、これは宵々山コンサートの絞りかすコンサートです。という永六輔さんの話に、500人あまりの観客の大笑いで始まりました。

 患っていたパーキンソン病の話やら黒柳徹子さんと回転寿司に行ったときの出来事など話され、腹の皮が本当によじれました。

 車椅子で歌われた笠木透さんの「水に流すな」は忘れられません。日本政府が、東電が本当に放射能で汚れた汚染水を世界につながる海に流すようになるとは。

海を汚すなよ
水に流すなよ
私は恥ずかしい」
笠木透 作詞

 笠木透さんはこの年、2014年12月になくなりました。77歳でした。

 永六輔さんは2016年7月になくなりました。83歳でした。

 高石ともやさんは2024年8月17日になくなりました。82歳でした。

 

コンサートが終わって帰りに永六輔さんから直接購入した直筆のTシャツです

笠木透さん 永六輔さん 高石ともやさん ありがとうございました。お疲れ様でした。見事な大往生です。