端布に恋した私

小さな端布を 縫い集めてつくるパッチワークは 
私の楽しい趣味の一つです。

古参竹

2006-04-16 | 食べ物
田植えが 済んで2週間が過ぎました。
田植機で 植えられた苗もどうにか 土に 根を
張り始めた時期です。稲の苗も まっすぐに立っています。
田植えの翌日から 毎朝 朝食の前に 我が家の穴熊さんは
田んぼの 見回りに出かけます。

モグラが 畦に穴を開け 水がなくなったり 鳥が苗を
悪戯していたり 雑草が出ていないか わが子と 同じような
見回りです。

そんな毎日の中 帰りに通る 古参竹の藪で 古参竹を
取ってくるのです。
季節の味です。
このまま 炭火で焼いて 蒸し焼きにし むいて味噌をつけて
食べるもよし 味噌汁に入れるもよし おいしい古参竹です。
あくが少ないので 茹でる必要もないのが嬉しいです。
今日の 筍 今年初めてです。

これから 初夏にかけて いろいろの 小さい筍が出回ります。
楽しみです。


タイガーマスク

2006-04-15 | Weblog
昨日 探し物をしていたら 珍しい物
が出てきました。
我が家の 息子達が 何回も 何回も聞いていた
アニメーションの レコードです。
60年代のもので 巨人の星 タイガーマスク ゲゲの鬼太郎
サスケ などです。
簡単な おもちゃのような プレーヤーで聞いていた記憶が
あります。

子供達は 覚えているでしょうか
「親の夢 次々こわして 子は育つ」
と サラリーマン川柳で 読んだことがありますが 世間には
親の 夢以上に 子が育っている 家庭も多いと思うけど
世間様に 迷惑を掛けないように 健康で 普通の生活を
して欲しい と親は思います。

このレコード お宝のない我が家の お宝にしましょう。

はげあたま

2006-04-14 | Weblog
雨が 降らない日はあっても うちの
穴熊さんが 一升瓶を抱えない日は ありません。
それはそれは おいしそうに 口の方を コップに もって行きます。
六四だの 七三だの言いつつ 飲んでいますが
お湯のポットは すぐ左 一升瓶は テーブルの下 と
所定の位置に 用意してあります。

ご愛飲の焼酎は 決まっていますので 盆暮には 親戚の
届け物は 焼酎と決まっています。
お酒も 頂き物で 飲むときがありますが 酔いがやわらかいので
飲む量が多いようです。

実家の 父も呑み助でしたので 結婚するとき 少しは飲める
口の人のほうが 愉快でいいかもーーと 結婚しましたが
考えが 甘かったようです。

呑み助のところには よく呑み助が集まります。
魚が釣れた 鴨が捕れた 山芋が取れた と何かと理由は
事欠きません。

そんな とき この「はげあたま」は頂いたものです。
鹿児島の出水市の焼酎です。
原料は さつまいも 米こうじ 麦 25度と書いてあります。
うちの穴熊さん 気にしているのか いないのか まだ
封印が 開けてありません。

 

山椒の花

2006-04-12 | 自然
山椒の花が 咲いていました。
実は 小粒でも ピリリと辛い といわれるように
主張していますが 花は地味です。

この季節 若葉は 摘んで手のひらに載せて
ぱちんと 両手を合わせると 一段と香りが増します。
田舎の ちらし寿司には 欠かせません。
毎年 実のほうは 沽券にしていましたが 山椒塩もいいと聞き
今年はぜひ 作ってみようと 思っています。

カサブランカ

2006-04-10 | 趣味
今朝 見たニュースで 歴代映画の脚本で
「カサブランカ」が 第一位とのこと。
私の 大好きな 映画です。
ハンフリー ボガードのあの低音の声。
イングリット バーグマンの 美しく憂いのある顔。
戦争とゆう背景。
さりげない 男の 思いやり。メロドラマと 一言でかたずける
気には なりません。

昭和三十年代に 青春を過ごした私にとって 映画は青春
そのものでした。 父は西部劇が大好きだったし 母は 日本の
母物映画 友達の恵美さんは 大友柳太郎ファン と付き合い
のいい私は 何でも 見ていました。
高校に入学して始めて 見た映画は「知りすぎた男」でした。
映画の中で 流れる「ケセラセラ」の曲もシーンも 忘れられません。

今も 時々 映画を見に行きますが 若いときに見たような
感動は ありません。

歳とともに 心のなかの 感動する部分が 硬くなるのかも
知れません。

ごみ箱探し

2006-04-08 | 趣味
夕べのこと パソコンに向かい パッチワークの
作品を 入れている ファイルを眺めていたら
ファイルがひつ 行方不明。

まだ 初心者なので フォルダーも 二十そこそこ。
あれこれ マウスで 探りを入れたら 一緒になっているのが
見つかった。
それからが 大変 どうゆう方法で 別々にするのか 分からない。
新しいフォルダーを作ったり ごみ箱に入れたり 果ては 
消えてなくなったり もうパニック。

とうとう 息子に電話して 教えを請うたが 聞くほうが
初心者 向こうは何を聞いているのか 問えない様子。
パソコンは 素人には 分からない単語が 多すぎる。
分からないまま 丁重にお礼を言いつつ 電話を切り
布団の中に 入った。
寝付けず 夜中又パソコンの前に座り 対決。
マウスを当てたり はずしたり ごみ箱を開けたり 〆たり
今まで 習った講習を思い出したり していたら 解決したのです。
何のことはない ドラッグとゆう 引きずりで今回の 
悩み 解決。

推理をしつつ 解決する この悩み なるべく ないように
祈りつつ 楽しんでいます。

ゴルフ

2006-04-07 | 家族
今日は とても良い 春のお天気です。
我が家の 穴熊さんも 朝7時からの交通安全の行事で 
県道に 30分間立つて ゴルフに出かけました。
我が家から 車で15分です。 

周りは ゴルフ場ばかりで 車で30分の間に 7つくらいあります。
安いところは 県の企業局が作った 河川敷のゴルフ場から
一流の フェニックスカントリーまで あります。
関東 関西からも ゴルフのお客さんが多いみたいです。

地元の人も 多く おばさんゴルファーも多く 120打150打と
話しています。

うちの 穴熊さんも定年までは ゴルフを無視していました。
あんな 動かない穴に玉を入れて 何が面白いのか と
いっていましたが 周りの方々に宴会の席で勧められ 
自分が 意識しないまま やると 返事をしたみたいです。

何でも 始めたら 凝る性格で 今では はまっています。
各ゴルフ場の 定例会 同窓会のコンペ 電気屋さんのコンペ
檀家でもないお寺さんのコンペまで参加しています。

定年後に始めた ゴルフですので 成績はいまいちです。
本人は 本当に 歯がゆいみたいですが こればかりは
女房にも どうすることも 出来ません。

帰ってきたとき 必ずスコアを聞くことにしています。
一緒になって バンカーであがらなかった のを嘆き ショート
ホールのパーを 何気なく一緒に 喜びます。

老いが近くなって 誘いが かからなくなったら 近くても
行けなくなるでしょう。
それまでは 楽しんで欲しいと 思っています。

 写真は ブローチです。 

可愛いくない女

2006-04-05 | Weblog
今朝は どうしたものか 激しい雨
それも 横殴りの雨で 雷様まで ピカ ピカ ゴロゴロ
夏のそれより 激しい雷と雨と風でした。

遠慮のある人は 誰もいないし この嵐なら 洗濯もパスと
いえるし と朝寝を 決め込んでいました。
別に 臍繰り を取られるなら 慌てるけれど
臍なんて 腹の奥に入ってしまったしーー

別に 怖くもないし --

でも 待てよ 

私は考えました。
こんなに 激しい雨と雷と風なのに 「きゃー」とも 怖いとも
いわず 旦那に しがみつきもせず 外を眺めている女なんて
可愛くないなあー  と。

二人目の 子供の出産のときも 一人で病院に行き 朝電話で
無事を知らせた。
私 出来ないわー  と亭主に頼めばやってくれるでしょうが
ついつい 自分でやってしまう。
  
それでも 一緒に暮らし始めて 40年が過ぎました。
本当に 可愛くない 女です。
うちの 親父は 言うでしょう。
俺が我慢していると。

まとめる

2006-04-04 | Weblog
二、三日前から 民主党の幹部の辞任で
後任の人事が にぎやかに 報じられている。
われわれ 庶民のうかがい知れない ことだけど
やっぱり 政治のこと 興味がある。

一人ひとりが 国民の代表で 主義主張を持った方々
考え方 生き方も違う方々の集まりを まとめていく。
大変だろうと 気になる。

どんな 風に 決着が付くのか 興味がある。
PTAの会長や 婦人会の会長を 決めるのとは
だいぶん 違う気がする。

さのぼり

2006-04-02 | Weblog
昨日 我が家のささやかな 稲作の田植えも
済みました。 植えるのは 田植え機で
三時間ほどで 済みますが 稲の苗が 入ってい
た 育苗箱を洗うのは いつも私の 仕事です。

田んぼの横の 用水路に足首まで入り 首から亀の子
たわしを 下げて 流れの速い冷たい水で洗います。

時々 腰を伸ばして眺める 里山は 春の山に変わっています。
水をたたえた 田んぼは だんだん緑が濃くなっていきます。

米が 余っているとか 減反とか 言いつつも
田舎ではやっぱり 先祖の残した 田畑は 荒廃させるわけには
いかないのです。
近頃は 田んぼが売りに出ても 買う人もありません。
耕作を 委託したくても 受けてくれる人もいません。
お金を出せば 幾らでも 満腹できますが 世界の事情が変わり
日本に 食料が来なくなったとき どうするのでしょう。

私達の世代は あの戦後の空腹は 二度と味わいたくありません。

ともあれ 田植えが済み その喜びと労をねぎらう 宴を
この他方では 「さのぼり」といいます。
つまり 田植えが無事に済み 田の神様に御礼をして
送る 宴です。

植えていただいた 夫婦と私達の四人で 夕べは遅くまで
「さのぼり」をしました。

勿論 田んぼで摘んできた 田芹の料理が 並んだことは
ゆうまでもありません。