ディスコミュニケーションを描いた映画を何か知っているか尋ねられる機会があった。
まず思いついたのはダスティン・ホフマン主演の自閉症の中年男性とその兄弟の関わりを描いた「レインマン」である。アウトサイダー・アートの話にも繋がるし、他者とのコミュニケーションの難しさも描かれている。
それからルイス・キャロルとの危うい距離感を、不思議の国のアリスの動物たちの幻想を交えて年老いたアリスが回想する「ドリームチャイルド」が秀逸だ。同じ傾向の映画に「シベールの日曜日」という、子供に返ってしまった大人が、孤児院の少女に恋をするが変質者扱いされて警察に殺される、美しい映画がある。
もっと異文化とのディスコミュニケーションを描いた映画はないかと問われ、「ポール・ボウルズの告白」とボウルズ原作の「シェルタリング・スカイ」を思いついた。モロッコの異郷の町で消耗して行くアメリカ知識人の孤独を描いた作品およびボウルズのインタビューである。西洋の知識人と現地人は越え難く乖離している。
それから脳科学者ジョン・C・リリーをモデルにしたケン・ラッセル監督の「アルタード・ステイツ」である。これは主人公の脳科学者がアイソレーション・タンクという隔離水槽に閉じこもってトリップする話でここまでは実話である。「ジョン・C・リリー 生涯を語る」という本に詳しい。彼は十字架に架けられたイエスの頭が山羊になっている幻覚を見たりしている。インディオの幻覚サボテンを求めて奥地へ旅したり、幻覚が視覚化されていたりして興味深い。私はジョン・C・リリーやティモシー・リアリーが好きで若いころ熟読した。意識の果てを見たい人々の孤独である。リリーのアイソレーション・タンクに着想を得て「息の音聞こえる闇の万華鏡 孤立深まる隔離水槽」という短歌を書いてみた。
また異文化コミュニケーションの不毛さを描いたコンラッドの「闇の奥」をベトナム戦争に置き換えた「地獄の黙示録」も、人類学の「金枝篇」や聖杯伝説も絡んでいて欠かせない。宗教を描いた映画では「神の道化師フランチェスコ」が無垢な集団生活をするフランチェスコたちと無理解な世間の距離が思い出される。
哲学者がらみではコジマに恋をするがコジマたちの世界についていけないまじめな学者(!)ニーチェを中心にしたシュールな映像満載の「ワーグナーとコジマ」が印象深い。他者との交流の挫折や難しさを描いたこれらの映画は、エマニュエル・レヴィナスの「他者」論などを交えて話すと立派なゲンダイシソウの講義になりそうで、並べて見ただけでわくわくする。