自分は日記マニアで、毎日欠かさずつけている。もう十年以上続いている。
日記を書くコツは自分の中ではつかんだ。嫌なことは詳しく書かない。読んだ本の感想は最小限に抑える(後で恥ずかしいから)。人から聞いた面白い話や、隣の猫が入り込んできたなどの何気ない話は詳しく書く。なるべく事実を淡々と書く。極端な感情は書きつづらない、などが続けるコツである。
日記を書くと日記のように思考する癖がつく。物事が起こった順に思い出す、行った店の名前などを覚えておく、人に聞いた話は後でメモする、など日記を書くことを前提に暮らしている。日記は心の目安でもあり、日記からいろいろな文章が生まれる。見た夢なども日記に書く。そうするとじぶんの無意識がどこに向かっているかが分かる。
ジョン・レノンは空想ではなく自分のことをリアルに語った曲が好きだ、とよく言っていた。自分教にはまるのも危ない罠だが、ジョン・レノンが自分らしい素直な曲が好きだというのは共感できる。すなわち日記的な曲にいい曲が多い。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」がその代表である。ソロ・アルバムも日記的な曲が多い。ジョージ・ハリスンも自分にとってリアルなことを書くという態度をジョンから吸収したところが多分にある。遺作の「ブレインウォッシュド」は自分の病気の事や世の中への違和感などを率直に書いた曲が多く、すばらしい出来である。ジェフ・リンのビートルマニア的な音づくりも見事。
日記について書かれた本の中では、荒川洋治の「日記をつける」が平易でかつ日記をつける人の心情に寄り添って書かれていて微笑ましい。記憶の謎、記憶の仕組みには興味がある。劇団サーカス劇場に「ノスタルジア」という記憶の不思議に迫った演劇があり、古代には記憶係という仕事があった、などと本当かどうかわからない面白い話が聞けた。
カウリスマキに「過去のない男」という記憶喪失の男の映画があり、カウリスマキらしくたいへんおもしろかった。その映画の上映の時に「記憶の仕組み」という本が並べて売っていて、面白いところに目をつけたと思った。日記は自分の記憶と対話する金のかからない娯楽である。何度も読み返すと記憶が濃くなる。時とともに失われていくものは無数にある。岡本太郎氏は人の顔や名前を覚えるのが苦手で、私は記憶を拒むと言っていた。そこまで言い切れれば天晴れだが、日記のなかには幸福の無数の痕跡が垣間見えて、憎めない。